Lebensraum und Stabilität / 住処と安定 ⑵

前回の投稿では自分の落ち着きのなさと「居場所」のようなことについて思いつくまま書いてみた。

これまでのパターンを見ていると、どうやら根底に「安定は敵」のような考えが横たわっているらしく、せっかく自分の居場所が確保できそうなのに敢えてそれを避けたり、何なら先導切って壊しにいっているような気さえする。

そんな私でも気が付けば、子供がふたりいて家族の一員となっている。

今の「家」はそういう意味でも、世間一般的な観点から見ると、一番「家」らしいと言えるだろう。

子供のたちの通う小学校にも近く、散歩していても気持ちの良いエリア。朝にジョギングできる公園も至近距離にあり、何の不自由もない。

不思議なものだ。

「結婚」というものには昔から興味がなかった。語弊があるかもしれないが、考えても仕方ないので半ばノリのようなもので結婚をした。出産予定日まで後数日というタイミングだった。

ところが、先月末にブダペストで再会した旧友と話をしていると、まだ多くの日本人女性は「結婚」というものに憧れを持ち、「結婚」をゴールにしている節がある、というではないか。なんて昭和的な考えだろう、と半ば呆れながらその話を聞いていたものだ。

「20代後半の子たちが『そろそろ結婚しないとヤバイ』みたいな会話をカフェでしていた。」らしい。

見解は人によって様々だろうとは思うが、確かに日本にはゼクシィなる結婚情報誌が存在する。リクルートが発行する雑誌だが、日本のみならず中国でも発行されているというのだからすごい。

表紙のデザインやカラー使いだけでもドン引きしてしまうが、日本の女子の一部はこういう雑誌を見ながら理想の結婚式を思い描いたりするのだろうか。謎だ。

元来、定住するタイプの人間ではないので、親からも「この子はもう結婚とも出産とも縁がないだろう。」くらいに思われていた。仕事柄、出張ばかりだったので自分でもまぁないだろう、くらいの気持ちでいたのだ。

人生、何があるのかわからないから面白い。

「安定したら退屈で死んでしまう。」というこの性格はおそらく一生治らないと思うので、これから先も何があるのか皆目見当が付かないが、後悔のないようにやりたいことをやりたいようにやるしかない、とは常日頃から思っている。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。

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