先月半ばに、ベルリンの自宅まで日本の明石書店さんから5冊の書籍が届いた。ベルリン在住の友人から、本を書きたくはないか、と言われたのが2020年の10月末。コロナのパンデミックの影響などもあり、当初の予定よりずいぶんと出版が遅れてしまったが、とうとう手元に完成品が届いたことになる。コンピューター上で延々と作業をしていた平面の原稿が、立体化して一冊の紙の本になるというのはなかなか感慨深いものだ。
2020年はコロナのパンデミックだけでなく、それはもう公私ともにいろいろなことが一度に起こった年だった。特に2020年前半はコロナのパンデミックによるロックダウンの施行やそれに伴う家庭学習などで、これまでの日常生活のリズムが吹き飛んでしまった。
企画の話が出た頃というのは、ようやく「非日常」が「日常」になりつつあり、ドイツの現地校に通う小学校低学年を対象にした、算数の学習コミック制作のプロジェクトが終わったタイミングでもあった。本を書いて出版する、というのは無類の本好きであった子どもの頃から夢、というか手の届かない夢物語のような次元の話だったのでよくわからずに首を縦に振っていた。
「コロナで仕事も減っていて時間もあるし、本は昔から書いてみたかった」そんな風に返事をしたような気がする。元々、友人の知り合いが共著に興味のある人を探していたらしく、本業が忙しくて時間の取れない友人が私に声をかけてくれたのである。なんという偶然。
テレビの番組制作の場合は、必ず事前に電話やメールで番組の趣旨を事細かに説明されたり、担当のディレクターと直接何度もやり取りを交わすのが通例だ。テレビの番組制作とは異なり、本の企画をする場合にはまず出版先を見つける必要がある。すでに出版経験をお持ちで日本在住の浜本先生が出版先候補に企画を送ってくださる中、並行していくつか原稿を書いていく、という作業が始まった。このブログで書き溜めていたものを書き直したりもした。
共著の浜本先生はこれまでにすでに何冊も本を出版されている大ベテランであり、偶然通っていた大学の名誉教授でもあった。「テーマがベルリンとはいえ、大学で教鞭を取った経験があるわけでもなく専門性があるわけでもない。私に果たして共著者としての力量があるんだろうか」。対面で打ち合わせをするわけでもなく、メールだけでのやり取りが続く中、よくわからない手探りの状況が続いた。
実際に現場に赴いての取材も本来ならもっとやるべきなのだが、コロナ禍と重なったこともあり、当初予定していた取材が厳しくなる、といったケースも多々あった。本の中の「III 生活都市ベルリン」第20章および21章は2020年の11月初頭にドメーネ・ダーレムの広報担当者のご協力で実現した取材をもとに書いたものだ。ベルリンでは同年3月に施行された外出禁止令よりは若干緩いロックダウン・ライトの施行されるタイミングだった。農業・食文化をテーマにした野外博物館での取材だったことが幸いした。
冬の感染者数の増加や、それに伴うロックダウン中の日常生活は物事が思うように捗らない。その上、学校がコロナの影響で休校になってしまう。常に家に子どもがふたりいる状態でオンライン授業や家庭学習のプリントも山ほどある。何かを書くときにはひとりで静かに考えて書きたいタイプなので、時間の確保には非常に苦労した。
共著の浜本先生も日本で随分とやきもきされていたことだろう。パンデミックの長期化で日本への一時帰国も叶わず、先生にようやくお会いできたのは原稿がほぼ書き上がった2022年の夏であった。3年ぶりの一時帰国と2年越しの共著プロジェクト。実家が関西なので、同じく関西在住の浜本先生に連絡を差し上げたところ、なんとご自宅にお伺いすることができたのである。実際にお会いしてみると、とても気さくな方で思いのほか長居をしてしまった。残念ながら東京の明石書店に赴くまでには至らなかったが、今年の夏には是非足を運んでみたいと思っているところだ。
不思議なことに、2020年からここまで現地校対象の算数学習コミック、自費出版の「ベルリン | 廃墟と記憶」、そして今回の『ベルリンを知るための52章』とコロナ禍に本のプロジェクトが3つ続いたことになる。ロケの撮影コーディネーターとしての仕事は減ってしまったが、本が出版できたことはコロナ禍の苦労も相まって記憶に残るに違いない。出版の機会を与えてくれたベルリンの友人、浜本先生、明石書店の大江社長にはいくら感謝してもしきれない。
このご時世、冷戦の最前線に立たされていた街であるベルリンについて、少しでも興味のある方は是非手に取ってみてください。
明石書店:https://www.akashi.co.jp/book/b622098.html
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先月届いた本は手元にありませんが、3月中旬頃にさらに数冊ベルリンに届く予定です。