「本当の夏休み」期間中に、今は使われなくなったテンペルホーフ空港内の格納庫を利用して開催中のアート展に足を運んでみた。ここでいう、「本当の夏休み」とは、ひとりで自由に使える時間がたっぷりある5日間を指す。夏季休暇中の最終週に、相方が子供たちを連れてブランデンブルク州の湖にキャンプへ行っていたのだ。
朝早く起きる必要もなければ、ご飯の心配をする必要もない。そんなたった5日間の気楽な一人暮らしは家庭を持つ身には貴重だ。普段はアートの展覧会に行くのも駆け足で時間との戦いになってしまうから。
さて、ここでアート展の会場になっているテンペルホーフ空港について少し説明しておこう。テンペルホーフ空港はベルリン南部にある空港で、第二次世界大戦後の冷戦下に「ベルリン大空輸」の舞台となった場所である。1948年にソ連がベルリン封鎖を行い、それに対抗してイギリスやアメリカなどの西側陣営が空輸作戦を行ったのが、テンペルホーフ空港というわけだ。陸のルートが絶たれてしまったので、生活物資などを空のルートから運んだ。
そんな歴史を持つ空港も2008年に閉鎖され、現在は空港の格納庫を利用して様々なイベントが開催されたり、滑走路などの敷地はベルリン市民の憩いの場に生まれ変わってている。以前は軍事訓練に使用されてた地域だと思うと、非常に感慨深い。
今回のアート展は格納庫AとBを利用して行われた。34か国から90名のアーティストが参加し、「自由とグローバリズム」、「価値と民主主義の危機」、「連帯と分断」といったテーマ別にそれぞれ作品が展示されている。ポルトガルからロシア、ノルウェーからトルコまで。欧州の現代アートシーンを網羅する形が取られている。
ドイツからはアンセルム・キーファー(Anselm Kiefer)やゲオルグ・バゼリッツ(Georg Baselitz)、ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)などの作品が展示されていた。
アンセルム・キーファー
アンセルム・キーファーの舞台セットのような作品。フランツ・シューベルトの歌曲集「冬の旅」にインスピレーションを受けた作品だという。歌曲集「冬の旅」は、人間社会における普遍的な「苦悩」や激しい「葛藤」、そして「妥協」や「譲歩」、その後の穏やかな「諦観」が語られる作品であるらしい。キーファーの作品を見る限り、戦争やテロといった困難な歴史を暗示させるかのような作品になっている。打ち砕かれたロマン主義の理想と並んで、今の私たちが抱く理想について問う作品なのかもしれない。会場では実際にこの作品の前でライブパフォーマンスも行われた。
ゲオルグ・バゼリッツ
「私は自分の歴史を遡ります。」そう言って60才のバゼリッツは「Russian Paintings」を描いた。彼が若かった頃に過ごした東ドイツ時代。それは社会主義リアリズムとの破壊的対峙ともいえる。バゼリッツのモチーフは逆さまのことがほとんどだが、ここでは90度のアングルによっても描かれている。
展覧会の説明プレートより
ゲルハルト・リヒター
景色はヨーロッパの美術史の中、特に絵画と写真の競争においても中心になるモチーフである。ゲルハルト・リヒターはプライベートな旅行の写真の上に絵を施すことで、それらの統合を図った。ここでは今回の展覧会Diversity Unitedにおける核になる関心事が明らかにされるだろう。それは芸術の可能性、異なるパースペクティブを取り入れ、独自の作品をこれまでの大いなる伝統に対するコメントとして発展させることだ。
展覧会の説明プレートより
キーファー、バゼリッツそしてリヒター。どの作品も決して明るいタッチではない。ドイツの歴史がそうさせるのか、日照時間の短い土地柄がそうさせるのかは分からない。
ゲルハルト・リヒターの作品は連邦議会議事堂の入り口にも据えられている。”Schwarz, Rot, Gold”(黒、赤、金)という抽象的な巨大な作品だが、この作品を目にする訪問客は作品の置かれた場所柄、間違いなくドイツの国旗を連想するだろう。この作品に関する解説を見つけたので、以下に貼っておこうと思う。リヒターは議事堂にある民主主義をテーマにした作品や強制収容所をテーマにした作品など、非常に扱いにくいテーマに向きあうことの多いドイツを代表するアーティストだ。
ドイツのアーティストだけではなく、他にも気になる作品はたくさんあった。
1986年コソボ生まれベルリン在住、ペトリット・ハリライのバルカン戦争をテーマにした作品。
日本にいる頃はアートの展覧会といえば、ルノワールやモネ、セザンヌといった印象派の絵画が多かった。中・高校時代の同級生に誘われて足を運んでいたが、当時はアート展というのは絵画を観に行く場所として認識していたように思う。
それが、ベルリンに来てからアートの展覧会はいつしか「作品を観る」ことに加え、説明プレートを「ひたすら読んで」「作品の背景にある歴史などを学ぶ」場所に変わっていく。ベルリンで一番最初に訪れた展覧会はAkademie der Kunsteの“X-Position”だった。その時は会場にたまたま居合わせた出品者に作品にまつわるエピソードなんかを聞いたものだ。渡独してから行った展覧会はGropiusbauで行われていた”BerlinMoskau / БерлинМосква 1900-1950″展。一緒に行ったロシア人の友人に色々と話を聞けたのがよかった。作品のモチーフには必ず歴史が紛れ込んでいるし、作品の背後にある思想のようなものが分かった方が面白い。
今回のDiversity Unitedも扱われているテーマが広範囲に及び、全て観て回るのに2時間は軽く掛かってしまった。作品数の多さだけではなく、奥が深いので解説プレートを読み出すとキリがない。後で読めるようにスマホで記録しておいたが、カタログを買っても良かったかもしれない。
現在の欧州を代表するアーティストの作品が網羅されているので、今月19日までに機会があれば是非。
参照サイトなど
DIVERSITY UNITEDパンフレット
テンペルホーフ空港、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*本文中の写真は著者撮影。