『ドイツ国民』〜Das deutsche Volk〜

今年で75周年を迎えるベルリン映画祭。一本目は2020年2月19日にドイツ、ヘッセン州のハーナウという街で起こった人種差別襲撃事件についてのドキュメントを観ることになった。

犯人は「ドイツ人だとは思えない」という理由で9人の若者を射殺。その遺族や生存者を4年の歳月をかけてカメラで追い、残された者たちの視点から丁寧に描かれた映画である。

2時間強のドキュメンタリーの冒頭でまず感じたことは自分自身がハーナウの事件の詳細をそれほどよく覚えてはいなかったということだ。映画内でも事件を風化させないために残された遺族たちがデモをしたり、事件の解明や記念碑設置などについて積極的にハーナウ市や関係省庁に働きかけるシーンが数多く出てくる。

事件が起こったのはコロナ禍初期の2020年2月19日。今日からちょうど5年前に起こった出来事だが、9人もの若者が数分のうちに銃殺されたことやそのシチュエーション、そして彼らの移民背景などについてはぼんやりとした記憶しか残っていなかった。映像にマスク姿の遺族が出てくるシーンでは残された人々が一体どうやってコロナ禍に耐えられたのだろうかと頭を抱えてしまった。

ただそんな状況の中、救われたのは彼ら、彼女らの人となりだったように思える。

ガストアルバイターとしてトルコからドイツにやってきた祖父の話の中で「牛を2頭買えたらドイツに来た目的を果たしてしまう。だから祖父は『牛だけは絶対に買わない』と言っていた」というクスッと笑えるエピソードに救われたり。

友人3人を失った生存者の若者が「事件の現場の映像を見たときに信じられない気持ちになった。なぜ自分だけ銃弾がひとつも当たらなかったんだろうって。額のかすり傷だけで済んでいるんだ。ひとつくらい当たればよかったのに、とすら思うことがある」生存者として残された彼は息子を亡くした母親の横に立つのが辛い、我が子を失った親の気持ちが想像できない、自分にはおそらくその5%くらいしかわかっていないだろうと語ってくれたこと。

ルーマニア出身の父親は故郷に帰った際に市長を訪れ、彼の亡き息子の名前をある通りにつけてくれるよう働きかけていた。「こうやってちょっとプレッシャーをかけないとね」その父親はそんなふうにカメラに向かって言ってのけた。

その他にも人間味溢れるシーンが織り込まれており、移民背景を持つ人々の姿を丁寧に追った作品になっている。ひとりひとりを見れば、祖父や父親といった親族がドイツにやってきた理由やきっかけも様々で、ハーナウ出身の彼ら・彼女らはドイツを自分たちの「故郷」だと認識している。

母親のひとりが「なぜあなた方は私たちを嫌うのですか?」と強い口調でカメラに向かってまっすぐに問いかけていたシーンが印象的だった。カロリン・エムケの『憎しみに抗って』(Gegen den Hass)の中にもそのヒントがあるかもしれない。

今週末にはドイツの総選挙が控えている。そして残念なことに極右ともいわれる政党が第二党になる可能性が高い。ドイツは、そしてドイツ人はハーナウの事件から何かを学んだのだろうか。そういう意味においても今、この映画を観る価値は大いにあると思う。そして自分の子どもたちのこれからについても思いを巡らせたりもした。観る機会があれば是非。

参考・関連サイト:

ベルリン映画祭のプログラム、ベルリン映画祭スペシャル部門『ドイツ国民』:

https://www.berlinale.de/de/2025/programm/202509513.html

連邦政府のプレスリリース、ロート文化相、ハーナウ襲撃事件5周年に寄せて「人種差別主義者による襲撃事件の犠牲者は、わが国にとって忘れることのできないものである」:

https://www.bundesregierung.de/breg-de/aktuelles/kulturstaatsministerin-roth-zum-fuenften-jahrestag-des-hanau-attentats-die-opfer-des-rassistischen-anschlags-sind-unvergessen-fuer-unser-land–2335776?view=renderNewsletterHtml

ターゲスシャウ「多くの避難や疑問、そして少ない事件の解明」:

https://www.tagesschau.de/inland/gesellschaft/terroranschlag-hanau-aufarbeitung-100.html

タイトル写真は© Marcin Wierzchowski

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