「現在と過去」フンボルト・フォーラムの展覧会
このブログのトップページの写真にもあるように、ベルリンの中でも特に共和国宮殿跡(Der Palast der Republik)は歴史の移り変わりを象徴する場所としてとても興味深い。2024年の5月中旬からフンボルト・フォーラムで始まった「過去と現在」というタイトルの展覧会が今週中に終わってしまうことを知り、先日慌てて足を運んできた。
フンボルト・フォーラムはベルリン王宮を再現するとともに、シュプレー川に面した無機質なファサードが少し異質な感じを与える建物である。この無機質さをあえて採用しているのは東ドイツ時代に政治の中心ともなっていた共和国宮殿の面影を持たせたかったからなのかもしれない。かつては東ドイツの国民に「エーリヒ(ホーネッカー議長)のランプ店」とも揶揄された建物だが展覧会の最初の方にそのランプを見つけた。あぁ、これがあの有名なランプなのか、と少しテンションが上がってしまった。

東ドイツとなんのゆかりもない私ですらそう思うのだから、かつての東ベルリン市民にとっては非常に感慨深い展示内容であるはずだ。入り口付近で共和国宮殿の建設に関わったと思われる訪問者が、展覧会の会場にいた職員に「昔の記念品を持っているんだ。これも展示する価値があるんじゃないかと思って」と少し困った顔をした職員に一生懸命当時のことを語っていたのも印象的だった。

かつては東ドイツ時代の支配体制のシンボル的な場所だっただけに、ベルリンの壁崩壊間際に行われた建国40周年記念セレモニーに合わせたカウンターデモの様子を見ていると、現在ベルリンで頻繁に行われているデモと重なって複雑な気持ちになった。かつてこの場所で組織されたデモは当時の支配政党であったドイツ社会主義統一党(SED)に対抗する民主化を求めるためのものだった。横断幕には「メディアの自由」や「民主化」を要求する謳い文句が綴られている。毎週月曜日に開催されていた自由や民主化を求める平和デモは壁崩壊やドイツ統一に繋がる大きなうねりになった。

かつての東ドイツで希望を持って行われてきたそれらのデモも、ドイツ統一後にはいつの間にかペギーダを中心とした極右グループの組織するデモなどに取って代わられた。「メディアの自由を」というスローガンはメディアを批判する「嘘つきメディア」となり、東ドイツで民主化を求めて行われていたデモが数年後には極右政党を支持するデモになると誰が予想していただろうか。それだけ旧東ドイツ市民の失望や政府に対する不信感が強くなってしまったのはどうしてなのだろう。かつての東ドイツの人々の抱えてきた複雑な胸中を思ったりもした。当事者でないと理解できない何かがそこにはあるのだろう。もちろん現在のドイツが抱える問題は旧東独に限られた話ではないのだが。

その他にも共和国宮殿に備え付けられていた家具や食器の展示、バーカウンターやバーで使用されていたコースター、催し物のポスターなどの展示もあり当時の雰囲気がよくわかる展示内容になっていた。

共和国宮殿では1976年以来、Theater im Palast (tip) によって演劇、コンサート、美術展、朗読会などを開催されてきた。この劇場の創始者は1989年末まで、女優、歌手、演出家であったヴェラ・オエルシュレーゲルである。「宮殿劇場」と名付けられた劇場の存在はこの展覧会で初めて知ることができた。ロゴのデザインがとてもいい。
この展覧会で改めて歴史に翻弄されてきたベルリンという街を再認識できた。ドイツも世界情勢の波に煽られ転換期にあるように思われる。何とか踏ん張って持ち堪えて欲しい、と期待するのはナイーブなのだろうか。
フンボルト・フォーラムの展示サイト: