ホームドクターの憂鬱

今日は血液検査の結果を聞きに、近所のホームドクターへ出かけた。この診療所は家庭医が一時的に診療所を借りて患者さんを診ているらしく、割とコロコロと担当医が変わってしまう。今の先生が来てから2年ほどは経っただろうか。できればこのままずっといて欲しい、そんな人なのである。この先生、とにかく話が面白い。コロナ禍が明けるか明けないかくらいのタイミングで初めて診察をしてもらった際に、ふと「患者さんの様子に以前と比べて何か変化がありますか?みんな鬱っぽくなっていませんか?」と尋ねてみたところ、そこから堰を切ったように政治やら社会の話やらに発展して止まらなくなったことがある。こちらが申し訳なくなるくらい診察以外の話で盛り上がってしまったのだ。

「先生、なんだか余計な質問をしちゃってすみませんでした。職業病なのかも」などと苦しい言い訳をしたのだが、先生は特に何とも思わなかったようでケロッとした顔でこう言ったのである。「いえいえ、面白い話ができてよかったです」。それからというもの、何となく診察よりも雑談の方がメインになってしまった感は否めないのだが定期的に検査はしてもらえるし、先生の助言で産婦人科系の問題も早めに気づけたので、医師としてもベルリンでは珍しく優秀な方だ、ということだけは最初に断っておきたい。

今月初頭は昨年末まで働いていた雇用先に提出する「就労不能証明(Arbeitsunfähigkeitsbescheinigung:AU)」を一筆書いてもらう必要があった。そのときにも先生は「それにしても最近のドイツは何も機能しなくなったよね。医療分野でもそうだよ。とにかく効率、効率というだけで誰も診察に時間をかけなくなったし、看護師も医師もとにかくやる気がない人ばかりで」とドイツの現状をため息混じりに憂い始めたのだが、これに対しては完全に同意せざるを得なかった。「私の元職場でもそうでしたけど、『病欠』の同僚がどれほどいたことか。噂には聞いていましたが本当にこれほど休む人がいるんだなってびっくりしました。私の場合、本当に病気だったので最後の4日間はサボったのではなく、通勤できなかったんですが」先生はうんうん、と頷いて年末年始を挟んでしまったから発行日が今日の日付でも問題ないと思う、と証明書にサインをしてくれたのだった。

少し遅れて雇用先に送っておいたがその分の振込みが今月あったので、問題なく受理されたのだろう。この就労不能証明もサイトで検索をすると「デジタル就労不能証明(eAU)」のサービスが開始、と出ているのだが実際は「うちの診療所に朝イチ8時に来てもらうのが一番。待ち時間も念頭に置いてね」と受付で言われたように、オンラインサービスの提供を実際に始めているところを探すところから始める必要がありそうな感じだった。要は上で決定はされたものの、医療現場では全くそのためのシステムが導入されていない状況なのだろう。そのことに少し触れると「そうそう。この画面を見てもらえばわかるように、90年代から何も変わっていないからね。だってこのシステムだってエクセルの表と変わらないでしょ。ウクライナやバルト三国の方がよっぽど医療分野のデジタル化が進んでいるはずだよ」とまぁ、どこまでいってもこんな調子である。「なんだかネガティブな話ばかりになってしまったよね。次はもう少し明るい話題があればいいんだけど」と言って別れたのだが、ここ数週間というもの、明るい話題なんてさっぱり思いつかなかった、というのが正直なところである。

「こんにちは。前回おっしゃっていた『明るい話題』が見つからなくて」と言いながら診察室に入る。「いやもう、それは仕方ないです(苦笑)、こんな天気だし。政治家は碌でもないですし」やはりそう来ましたか。そうですよね、先生。来月23日にはとうとうドイツの総選挙があるのだ。そして数日前にはアメリカでトランプが大統領に就任したばかり。これはいけない、と思い、すかさずこう質問することにした。「ところで、血液検査の結果はどうでしたか?鉄分不足は解消されていたんでしょうか?」と。「あ、そうでしたね。はぁ、これなんでこうなるのかな」結果を見ながら先生がため息混じりに言うではないか。「何か不備でも?」「何回注意しても改善されないんだけど、看護師が注意書きを読まずにサンプルを検査場に送ってしまったようで一番知りたいフェリチンの数値が載っていないんですよね。本当にどうしてこうなるのか僕にはもうさっぱりわからないんだけど。ただ、他の数値を見る限り鉄分不足が起こっているとは考えにくいので」はぁ、そうなのか。放射線科で昨年11月に採血した結果もまだ届いていないんだそうだ。「もうどうしようもないですね。状況は悪くなる一方なので。検査結果も自分で取りに行くか問い合わせるなり何なりしないと誰も何もしないケースが増えていて」さすがにこれには唖然とするより他なかった。確かに結果が数ヶ月後にしか届かないことはあっても、全く届かない、というのは初めてのことだからだ。「ここまでひどいとさすがに諦めちゃいますよ、患者さんも」うーん。大丈夫なのか、ベルリン。バイエルン州なんかはまだマシな方なんじゃないかな、と先生は言ったがそれもこれも全て「金儲け主義」の結果なのでは、ということだった。検査結果を郵送しないのは郵便料金が今年からさらに上がり、診療所が費用削減をしたいがために患者が取りにくるまで放置するようになりつつある、と。これまで通っている放射線科など待合室は常に混み合っていて数時間待ってようやく診察、そして採血。それだけの時間を割いても結果が家庭医に届かない、となると診察の意味とは?と首を傾げるほかはない。本当に医療現場だけを見てもサービスが年々ひどくなる一方なのだ。そしてインフレの影響で保険料だけはきっちり上がっているわけで。

「でもね、来月の総選挙で急に全てが終わるわけではないはずだから」話題を変えたというのに、先生はまた自ら政治の話に戻ってしまった。「メルツが首相なんて考えられないんだけど、だからといってじゃぁ誰が適任か、と考えると誰もいないしね」なんだかどこかで聞いたことのあるコメントではないか。「こんな国でもね、まだまだ他の国に比べればマシなところはたくさんあるし、なんとか機能はしてるんですよ、実際」わかります。ドイツ人が他国へ難民申請する必要はまだないし、おそらくこれから先もないだろう。「ただ、外国人として住むにはかなり厳しくなるかもしれませんね」と言うと、先生の顔が曇ってしまった。「お子さんの年齢っていくつでしたっけ?」確か前回も聞かれたような。「13と15です。先生、私もすぐに日本に帰ろうとは考えていません。ただ、帰ろうと決めたらさっさと帰りますけど。自分の人生なので」

ホームドクターというより、どちらかというと、カウンセラーみたいになりつつあるのかもしれない。

「大丈夫ですよ、今は休職中でお金はなくても時間だけはありますから。定期的に運動できるので健康だけは間違いなく維持できますよね!」

「運動は間違いなくいいですから。身体だけでなく、精神上にもいい影響しかないですよ」

「そうですよね!がんばります。先生もいろいろ大変だとは思いますがお元気で」

もはや何をしに来たのかよくわからなくなってきたが、そんなことを言いながらも肺活量を測ったり(問題なし)、止まらない咳の対策もきちんと教えてもらったので大丈夫なはず。患者のことを考えて時間をかけて診察をしてくれる先生のような存在の方が稀だと思うので使えない看護師しかいなくても、何とか今の診療所に留まってほしいな、と心から思う次第。先生が個人の診療所を持つことになれば遠くても通おうかな。

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