Budapest – Perle an der Donau / ドナウの真珠ブダペスト⑷

前回の投稿では廃墟バーについてご紹介したが、今回は廃墟バーで日曜日に開かれているファーマーズマーケットについて少し触れてみようと思う。

今回の旅、実は事前に全くブダペストについて予習をする余裕がなかった。通貨のことも何ならAirbnbでとったアパートの入室の仕方でさえ、当日に慌てて確認をしたほどだった。

しかし、そこはさすがの同級生。彼女は私が唯一といってもいいほど旅を共にしていても全く疲れない人なのだが、リサーチ力も行動力も半端ない。イギリスの大学院留学経験あり、中米での滞在経験も数年ありと、とにかく海外慣れした人なのである。

ブダペストの街歩きにおいても、事前に気になるところを山ほどピックアップしてくれており、街中のショップやカフェは彼女が見つけておいてくれたところだ。この場を借りて感謝しておきたい。

さて、そんな彼女のアイデアで日曜日に開催されているという廃墟バーでのファーマーズマーケットにて待ち合わせすることになった。

昨日は夜の顔、今日は昼の顔。

入り口付近は既に地元民と観光客でごった返していた。

ブランチもやっているようだ。こちらもなかなか良さそう。

夜はDJブースが入っていたフロアが週末はマーケットに。昼と夜ではずいぶんと印象が変わる。

中庭にも作り手の見える新鮮な商品が並ぶ。きのこジャムやトマトジャムなど、他ではあまり見られないラインナップなどもあり、見ているだけでも楽しい。

少しお腹が空いたのでチャリティークッキングなるものを見つけ、ハンガリーの家庭料理でランチタイム。キャベツとお肉がたっぷり入ったマイルドな一品だった。サワークリームも手作りで濃厚な味。

戸外の中庭で食べるのもいいが、寒い日には建物内にも十分なスペースが設けられている。週末なのでブランチ客の家族連れも多かった。

The Sweet

廃墟バーのマーケットを堪能した後は、古着屋やアンティークショップをのぞきながらそぞろ歩き。これまたファンシーなケーキ屋さんを見つけたので入ってみることに。

ピンクが基調の内装で別世界のような可愛いお店。ケーキもコーヒーも美味しかった。

Párisi Udvar Hotel Budapest – 5区

ブダペストも歩くエリアによって街並みが変わる。こちらは5区の落ち着いた佇まいのエリアのようだ。とにかくどこを切り取っても絵になるのには驚かされる。

コシュート・ラヨシ通りの南側にハンドバック専門店Tatikaがあるというので、散歩がてら覗きに行くことにした。

ハンドバック専門店 Tatika

手頃なプライス価格でカラフルなプリント生地のハンドメイドのバッグが店内にたくさん展示販売されている。お土産にも最適だ。

本当はショップやカフェ、ルダシュ温泉などについてもご紹介したいところだが、キリがないのでこの辺で。

ブダペストには目的地がたくさんあるので、機会があれば是非一度足を運んでみてください。

Budapest – Perle an der Donau / ドナウの真珠ブダペスト⑶

前回の投稿では主にブダペストの中心部7区での散歩についてご紹介したが、今回は同じ7区にある「廃墟バー」について書いてみようと思う。

ベルリンで「廃墟バー」と言えば、今はなきTachlesを指す。その現代版と言えるのがHolzmarktに当たるだろうか。

しかし、ブダペストには90年代のベルリンを象徴するような空間がまだ街中にちらほらと残っている。

カスィンツィ通り

観光地としてもすでに有名らしく、廃墟バーのあるカスィンツィ通り(Kazinezy uteca)はかなり賑わっていた。

Szimpla Design Shop

廃墟バーに併設されたデザインショップもなかなかいい感じのお店だ。

Szimpla Kert – 廃墟バー

冬場は午後4時を過ぎると既に日が落ちて辺りは薄暗くなってくる。そんな中、入り口付近に座っていたガードマン(?)がカメラ目線で笑っていた。「廃墟バーはあそこに違いない。」そんな感じだ。

ベルリンのTachelesのような広い敷地ではないが、以前は古い工場だった場所らしい。Szimpla Kertがオープンしたのは2002年。ブダペストのオルタナティヴシーンの先駆けとなったようだ。

ここではオープンエアシネマやパブ、コンサート、シアターやその他様々なカルチャーイベントが企画されている。

時間がまだ早かったせいか、中に入ってみると人もまばらでそれほど混んではいなかった。

この廃墟バー、ベルリンほどのアングラ感はあまりない。どちらかと言えば、ベルリンのそれよりもかなり洗練された印象を受ける。

店内ではベビーカーも見かけた。飲食スペースも十分にあり、ゆっくりと腰を据えて長居できるスペースが取られている。

かなり短いが、店内の雰囲気が少しでも伝わるよう動画をアップしておこう。

さて、この廃墟バーでは週末にはファーマーズマーケットが行われているのだそう。それについてはまた次回に。

Budapest – Perle an der Donau / ドナウの真珠ブダペスト⑵

前回の「ドナウの真珠ブダペスト⑴」ではハンガリー語やブダペスト市内交通について述べるだけに終わったが、今回は実際に街を歩いてみて感じたことなどを中心に書いていこうと思う。

Airbnbで予約したアパートのある場所から北へ行くと、カフェやブティックの並ぶErzsébetváros (7区:エリザベス市)区に入る。

対岸のブダ側にアパートをとった友人とはハンガリー産のスニーカー専門店Tisza Shoesで待ち合わせることにした。

シンプルなデザインに一目惚れ。カラフルなデザインのスニーカーを一足購入。シューズによって素材が異なるので購入の際に店員さんにサイズ感について少し相談。とても丁寧にこちらの質問に答えてくれた。ハンドメイドなので、在庫が少しずつしかないが、お気に入りの一足が見つかってよかった。

さて、次はPRINTAという工房が併設したデザインショップへ。

Printa

環境に優しい素材や製造方法にこだわって作られた服やポスターなどセンスの良い品々が並ぶ店内。友人はここで迷わずワンピースを購入。

ブダペストはグラフィックに強いのか、このようなポスター類をあちらこちらで見かけた。

Blue Bird Cafe

少し歩き疲れたので、隣接するBlue Bird Cafeで一休みすることに。店内には天井から鳥かごが釣られており、内装が素敵なカフェだった。

カプチーノとバナナマフィンで軽めのランチに。気になるお値段だが、ベルリンのミッテ地区に比べると若干安いくらいだろうか。

カプチーノが690フォリントなので、2,30ユーロくらいだ。シューズやデザインショップなどのプライス設定もワルシャワほど安くはないが、ベルリンよりは安くクオリティーが高いように感じる。

7区を散歩していると、ルービックキューブが壁面に描かれていた。そう、このルービックキューブ、実はハンガリーの建築学者でブダペスト工科大学教授だったエルノー・ルービックが1974年に考案したもの。

ポリテクニカ社の「マジック・キューブ」

ルービックは「マジック・キューブ」という名前で特許を取得、1977年にはハンガリーの「ポリテクニカ」という玩具製造会社から最初のキューブが発売されている。ルービックキューブがハンガリーと縁があったとは驚きだ。

建物の中庭に当たる通路を利用したマーケットなどもかなり充実している。市内ではクリスマスを過ぎてもまだクリスマスマーケットが開かれていて訪れる人も多く活気があった。

市内のあちらこちらにベルリンの90年代を彷彿とさせるような廃墟が見受けられた。次回はブダペストの廃墟バーなどについて触れたいと思います。

Budapest – Perle an der Donau /ドナウの真珠ブダペスト⑴

10年ほど前に一度足を運んだことのあるハンガリーの首都、ブダペスト。昨年末に引き続き、中高時代の同級生と合流することに決めたのは「ドナウの真珠」と呼ばれる美しい中欧の都市だ。

ハンガリー語は残念ながらさっぱり。言語的にも全く取っ掛かりのない言葉なので、「ありがとう、さようなら。」ですら既にお手上げ。旅先では基本的な挨拶くらいは現地語で言えるようにしたいと思っているものの、ハンガリー語はハードルが高すぎた。

Köszönöm [køsønøm], Viszlát! [vislaːt] (クセノム、ビスラート)

カタカナでそれらしき音を書いた紙を見ながら3日間の滞在中に実際に言おうと試みたが、結局覚えたのは「ありがとう」だけだった。

ハンガリー語が使用されている地域

ウラル語族のフィン・ウゴル語派に分類され、フィンランド語やエストニア語と同系統の言語であるが、意思の疎通がまったくできないほどの大きな隔たりがある。歴史的経緯からスラヴ諸語やルーマニア語とドイツ語(オーストリア語)とイタリア語の影響をある程度受けているが、インド・ヨーロッパ語族(ヨーロッパで話される諸言語の多くが属する)とは系統が異なり、姓名や日付などの語順もインド・ヨーロッパ語族の言語とは異なる。

ウィキペディア「ハンガリー語」より

これだけ読んでも余りピンと来ないが、とにかく発音が複雑で覚えづらい言語である。

言語的にはかなり特殊なようだが、ブダペストは相変わらず美しい街だった。

セーチェーニー鎖橋

ブダペストといえば、その夜景の素晴らしさには定評がある。セーチェーニ鎖橋は1987年に「ブダペストのブダペストのドナウ河岸とブダ城地区」の一部として、ユネスコの世界遺産に登録されている。

この写真を年末年始の挨拶と共に送ったところ、何人かから「ロンドン?」という返事が返ってきた。実はこの橋、設計したのはウィリアム・クラークというイングランドの技師。

ブダ城
市街地

市街地はバスやトラム、トロリーバスを始め、ロンドンに続いて世界で2番目に開通した地下鉄も通っているので非常に便利だ。

空港から市内までは2017年7月から100Eの空港シャトルバスが運行しており、30分くらいで中心地に出ることができる。チケット購入はBKKのカウンターが空港の第2ターミナルを出てすぐのところにあるので、往復でチケットを購入しておいてもいいだろう。

BKKのホームページより

少し気になるのは車の多さくらいだろうか。

自転車道なども余り整備されていないのか、市内ではほとんど見かけなかった。ただ、シェアバイクのスタンドやキックバイクは街中で見かけたので季節が変われば利用する人はそれなりにいるのかもしれない。

散策するのにはもってこいの街なので、市内交通をうまく利用しながら是非一度歩いてみてはいかがでしょうか。

次回は市内を歩いた感想について書いてみたいと思います。

Häusliche Gewalt / ドイツのDV問題

表題のテーマ。今朝のツイッターのTL上に流れてきた投稿を読み、ドイツ国内のDV(家庭内暴力)をめぐる状況が気になったので統計などを参考にまとめておきたいと思う。

DVと聞いた時、まず最初に思い浮かぶのは私の場合は家庭内で主に女性が暴力を受けている、という図である。

実際はどうなのだろうか。

Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen und Jugend (BMFSFJ / 連邦家族・高齢者・女性・青少年省)のサイトに2018年11月21日付でHäusliche Gewalt(家庭内暴力)というタイトルの投稿を見つけた。

以下、一部を引用しておく。

ドイツにおける家庭内暴力

4人に1人の女性が少なくとも1度は身体的あるいは性的な暴力をパートナーによって受けている。その対象となっているのは全ての社会的地位を持つ女性である。家庭内暴力を戦略的に防止するには国、そして民間の機関が相互的に協力することが不可欠だ。

パートナーから暴力を受けているのは、82%以上が女性であり、そのほぼ半分以上が暴力を与えたと見られるパートナーと同じ場所で暮らしている。この数字は警察の犯罪統計Polizeiliche Kriminalstatistik (PKS) を元にしている。2017年には13万8893人がパートナーによる暴力の被害者となっている。その内、11万3965人が女性である。

PKSは以下の女性に対する犯罪を把握している:

・故意、単純な身体的傷害:6万9000件
・脅迫:1万6700件以上
・危険な身体的傷害:約1万1800件
・脅迫・ストーキング・強制:2万9000件ほど
・自由剥奪:1500件
・殺人または撲殺:364件

強姦や性的な強制は、ほぼ100%の被害者が女性となっており、ストーキングや脅迫についてはほぼ90%を占める。故意あるいは単純な身体的傷害、殺人あるいは撲殺については81%が女性の被害者となっている。これらの数字はすべてパートナー間で起こった事例である。

PKSではパートナー間でどのような割合でどのような暴力が振るわれるのかといった全体像を見ることができる。

家庭内暴力のダークサイド

2004年にStudie “Lebenssituation, Sicherheit und Gesundheit von Frauen in Deutschland” 「ドイツにおける女性の生活状況、安全および健康」に関する研究が発表された。

この研究では存在する目の届かない部分を出来るだけ暴くことが目標とされた。それによると、16歳から85歳までの女性の約25%が生涯において少なくとも1度は身体的および(または)性的な家庭内暴力を経験しているという結果であった。類似した内容の結果が2014年3月に発表されたStudie der Europäischen Grundrechteagentur zum Ausmaß von Gewalt gegen Frauen in Europa「欧州内における女性に対する暴力の規模に関する欧州基本法エージェントによる研究」においても見受けられた。

全ての社会層における家庭内暴力

ここで問題になっているのは社会的に問題のある層だけで起こっているわけではない。2009年に発表された Studie “Gewalt gegen Frauen in Paarbeziehungen”「家庭内暴力における女性に対する暴力」では、中流および上流の教育を受けた社会層の女性たちも暴力の犠牲になっていることが証明された。リスク因子としては離婚や離婚への意思表示に加え、幼少や青年期の暴力経験が挙げられている。

連邦モデルプロジェクト”Berliner Interventionsprojekt gegen häusliche Gewalt” (BIG) 「家庭内暴力に対するベルリン介入プロジェクト」および”Kooperations- und Interventionskonzept für Schleswig-Holstein” (KIK Schleswig-Holstein)「シュレーヴィッヒ・ホルシュタイン州のための連携および介入コンセプト」によるポジティブな経験から、多くの連邦州でプロジェクトが設立された。

連邦家族省の要請で様々なインターベンションおよびコーポレーション・プロジェクトが学術的にサポートされた。

介入プロジェクトではこれまでの家庭内暴力を巡る議論からパースペクティブの変更を目的としている。公的介入の明確な指針変更が「暴力をふるうものが出て行け!」というコンセプトによって打ち出された。

2002年の暴力防止法の導入や順次行われた警察法の拡張などにより、加害者を住居から立ち退かせる権限を警察に与えたことがこれに当たる。

犠牲者は住み慣れた住居や場所を失うというリスクを背負う必要がなくなり、加害者は国から暴力が見過ごされるのではなく、罰せられるということを示されることになる。

ホットライン「女性に対する暴力」 Hilfetelefon “Gewalt gegen Frauen” では008000-116 016に電話をすると無料相談が受けられる。被害者の女性だけだなく、家族や友人、社会的繋がりを持つ人々、専門家などによる相談にも応じている。ホットラインは24時間利用可能で、ドイツ語や英語のほか多言語(18ヶ国語)に対応している。

ドイツの統一記念日とはなんら関係のない投稿になってしまったが、少し気になったテーマなのでまとめてみた。

自分の身近なところで困っている人がもしいるのであれば、ホットラインなどで相談してみることをお勧めしたい。

Zeitumstellung abschaffen! / 夏時間を廃止!

欧州では数年前から夏時間および冬時間の導入をやめるかどうかの話し合いが持たれている。

欧州連合は2019年を最後に夏と冬時間の切り替えをやめるはずであったが、やはりそう簡単に実施までにはこぎつけなかったようだ。

「早くとも2021年には従来の夏と冬時間の切り替えを廃止する見込みだ。」とオーストリアの交通大臣で欧州連合代表部のノルベルト・ホーファーは述べている。そうでなければ、ヨーロッパの時間設定がバラバラになる危険性が出てくる。

欧州委員会委員長ジャン・クラウド・ユンカーは2018年9月中旬に、2019年を最後に夏と冬時間の切り替えをやめることを提案した。

その背景にはオンラインで集計したアンケート調査の結果がある。80%以上に当たる4600万人が従来の時差に対して反対の意を示したからだ。ドイツ国内だけでも300万人が夏・冬時間の設定に反対していることがわかった。

夏時間を採用することで、夏には仕事終わりにも太陽の光が浴びられ、冬でも活動時間が延長できる、と考えているようだ。幼稚園や学校に通う子どもたちにとっても明るい戸外で遊ぶ時間が増えると。

しかし、この計画には大きな落とし穴がある。EUレベルでは冬時間から夏時間の移行を行うかそうでないかという決定は下されるが、実際にどちらの時間を採用するかについては国レベルに決定権があるためだ。

ビジネスや旅行者にとって隣国が違うシステムを採用するとなると、かなりの混乱が予想される。国家間の調整が必要課題となる。

「仮にドイツやハンガリーがイタリアやオーストリアと異なる時間帯だとすれば、こんな意味のないことはない。」とオーストリアのホーファーは言う。

現時点ではポーランドからスペインまで中欧に広範囲で同じタイム・ゾーンが設けられている。ドイツのほか16のEU加盟国に適用されている。これらの国々の旅行者やビジネスへの便利性は引き継がれなければならない。

仮に17国すべてに夏時間が採用された場合、スペインでは冬に10時前まで暗いことになる。逆に冬時間が採用された場合にはワルシャワでは夏は3時まで明るいことになってしまう。年に2度の調整でこの極端さを緩和しているわけだ。

ドイツに住むようになってから、この年に2度の時間調整を何度も経験しているが、たかが1時間されど1時間、毎回軽い時差ボケのような感覚を覚える。

これがひどい人だと、不眠や頭痛といった身体の不調をきたすと言うのだから大変なことだ。深刻な影響を訴える人々によるイニシアチブまであるようなので、参考までにリンクを貼っておこう。

Zeitumstellung abschaffen!

日本で育ってきただけに、夏時間やら冬時間はややこしく感じられるため、ないならないに越したことはないのだが。。

現行のシステムは1980年に制定されている。最初に導入されたのは1916年だという。第二次世界大戦中に夏時間が導入されたり、廃止されたりといったことがあったのだそうだ。

参考記事:Die Zeit: Zeitumstellung endet frühestens 2021