海外生活のメリットとデメリット〜その①メリット編〜

日頃から何事にも良い点と悪い点というものが存在すると思っているので、敢えてこんな投稿をする必要があるのか、
とは思いつつ海外生活が約30年と、無駄に長い自分だからこそ見えてくることもあるのかもしれぬ、
と思い直しこれを書いている。以下、簡単な略歴をまとめてみた。

日本の大学で英文学科を出て、就職活動もせずベルリンに1年の予定で移住。1年半で大学入学資格となるDSHを取得し、
語学ビザから学生ビザに書き換え、ロシア語学科を専攻。ロシア語学科準備コースで2年ほどロシア語を学び、ひょんなことから
モスクワの医療クリニックで5ヶ月ほどインターンを経験。ベルリンに戻ったあと、映像制作会社に就職することになり、
学生ビザから滞在許可へ切り替える。5年働いた時点で永住許可を取得。制作会社には10年ほど勤め、その後はフリーランス。
2009年に長女、2012年に長男出産。

メリット、デメリットというのは人生のどのステージに自分がいるのか、ということに大きく関係してくるはずだ。
あくまでも在独約30年、女性の子持ちのフリーランス、相方はドイツ人という視点での意見になるが共通する部分も
あるかと思うので参考程度に読んでみてほしい。

1 外国語が習得しやすい

今のようにネットで学習できる環境が揃ってしまうと、日本でも生きた語学学習に近い環境が築ける世の中なので、
説得力に欠けるかもしれないが外国に住むことによって、生活するために最低限の語学力が求められる場面が
増えるため必然的に言葉の習得が早くなる。

これを実感したのはフンボルト大学で2年くらいロシア語を学んだ後、モスクワで半年ほどインターンをしたとき。
初日から医療クリニックの受付で電話に出ろと言われ(パワハラである)、医療ロシア語や内線、医療用アプリの
使い方などを半泣きで学習した。
ベルリンの大学でドイツ語によるロシア語学科準備コースを受講しているときの何倍もの効果があった。
ドイツ語で文字通り「冷たい水に飛び込む」(ins karte Wasser springen)という表現があるが、まさにその状況。
ここまでショック療法をやると、トラウマになりかねないのであまりおすすめはしないが、外国語を使う
「必然性」を高めることで習得が早くなるのは確かである。

ドイツ語力も結局は映像制作会社の仕事で毎日使うようになってから格段に伸びた。
ドイツ語力をある程度上げてからでないと就職できない、と思っている方が多いような印象を受けるが、ある程度の
コミュニケーション力(職種にもよるがB2以上)がついていたら実務で使うことにより確実に語学力がアップする。
習うより慣れろ、のいい例だ。

2 いろんな意味でタフになる

海外で生活する、というのは言い換えれば今まで当たり前だと思っていたことがそうではない、と気付くことでもある。
線路脇でカメラを構えただけで3人の警察官に背後から声を掛けられ、荷物を全て没収された上、連行はされる(モスクワ)し、
鉤十字入りの手書きの脅迫状が郵便受けに投函されることもある(ベルリン)。道端でネオナチが旅行者と思われる
人たちに絡んでいるのを目撃する(ベルリン)こともあれば、タクシーアプリなんてなかった時代の白タクの運転手と
運賃の事前交渉をする必要があったり(モスクワ)もする。赤の広場を歩いているだけで尋問される(モスクワ)こともある。

とにかく次から次へと思いもよらないことが目の前で展開される頻度が日本にいるより間違いなく高くなる。
そういった場面で何も言わずに大人しくしていると碌な目に合わない。何も言わずにやりすごすべきこともあるが、
大きな声でハキハキと対応した方が事態を好転させられるように思われる。言葉が追いつかないときは日本語で
威嚇しても構わない。物おじせずに言いたいことはどんどん言うように心がけよう。
逃げ足の速さもときには役に立つかもしれない。サバイバルのために体力もつけておきたい。

3 自分の状況を俯瞰できるようになる

外国語にどっぷり浸かる生活を送っていると、まるで映画を観ているような気分に陥ることがある。
海外生活を送る自分、というものを少し距離を置いて観察しているといえばいいだろうか。
自分を客観的に見る癖をつけると、問題に陥ったときにも感情的になりすぎず物事に対処できるようになる(理想)。

撮影コーディネーターという仕事を20年もしていると、常に全体的な進行を気にする必要があるので、
ますます物事を俯瞰して見る癖がついたように思う。俯瞰的視点を持つというのは、他のことにも応用できるのでは
ないだろうか。

4 視野が広がる

日本だけで生活していると、なかなか日本の良さというものに気がつかない。私も大学生の頃は満員電車での通学や
出る杭は打たれる、といった風潮に鼻持ちならなかったタイプだった。中高一貫の学校生活がかなり自由だったせいで、
大学生活があまり新鮮に映らなかったこともよく覚えている。他校の男子学生との合コンに付き合わされたこともあるが
求められる女性像にウンザリして(というより単に退屈だったので)途中でさっさと帰ってきたこともあるくらいだ。
どうも当時の日本のノリに馴染めなかったのだ。
高校時代の同級生とは付き合っていたが、結婚の話を持ち出され「ベルリンに行きたいんだけど」と言ったらそこで
「なんで?」と言われ、なんとなく終了した。
とにかく付き合うたびに「結婚」という文字が出てくるのにもうんざりしてしまう。

大学3年生のときにロンドン、アムステルダム、パリ、ベルリンを旅し、日本の大都市とは対極にあるようなベルリンの
様子に衝撃を受ける。付き合う、とか結婚とかとは程遠い付き合い方も新鮮に感じられた。
外から見たベルリンは暗くて陰気な街だったが、そこにいた人間に惹かれたのかもしれない。

自分を日常から切り離すと見えてくるものがたくさんある。当たり前だと思っていたことが、そうではなくなる。
この視点を得るだけで自由度が上がる気がするのだ。それに、日本を離れることでしか見えてこない日本の良さに
気づけるようにもなる。

5 選択肢が増える

「ここではないどこか」が存在することを知ることで世界が今よりも少し広がる。場所を変えたところで、
自分自身が劇的に変わる、ということにはならないが少なくとも周りの環境が変わることでなんらかの影響は生まれるはずだ。
幸い日本という国は帰ることのできる国であるので、行ってみた先が自分に合わなければまた帰ればいいだけの話である。

その②のデメリットに続きます。



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