Ost- und West-Berlin / 東西ベルリン①

旧東ベルリン側に位置するミッテ地区のHackescher Markt(ハッケッシャーマルクト)駅の近くを歩いている時に、ふと見上げたストリート名の書かれたプレート。なぜか違和感を覚えたのでよく見直すとフォントが違うことに気付いた。
どちらのフォントが東でどちらが西?どちらが古く、どちらが新しいプレートなのか分からないかな、と思ったわけである。
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  • Garnisonkirchplatzの方がどちらかと言うと馴染みがあるタイプ。独特のßtz、yが特徴。

→1999年8月2日から以前建っていたGarnison教会を記念して命名されている。

  • Henriett-Herz-Platzの方はtzはスペースが多めに取られており、どこか締まりが悪い。

→1999年8月2日から作家ヘンリエッテ・ヘルツ(Henriette Herz;1764–1847) の名前をとって命名されている。彼女はベルリンでも重要な文学サロンのひとつを設立した人物。
それにしても、同じ日に名前が付けられているのになぜフォントが違うのだろう?謎は深まるばかり。。
最近は開発が進んでいるため明確な線引きができないが、以前はトラムが走っているのは旧東ベルリン側のみだけだったし、日本にショップまであるアンペルマン信号も東ベルリンでしか見ることができなかった。壁崩壊後にはトラムも中央駅のある西側まで延長工事が行われ、アンペルマン信号も西側でちらほら見かけるようになってきた。
では、この二つの異なるフォントにはどういった由来があるのだろう。東ベルリンと西ベルリンのプレートに使われているフォントについて検索してみたところ、ヴェレーナ・ゲアラッハ(Verena Gerlach)というベルリン出身の書体デザイナーに行き着いた。

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©Verena Gerlach

ゲアラッハによると、ベルリンには西ベルリンと東ベルリンで二つの異なるフォントを用いたプレートが数十年以上も存在し、西のバリエーションは1930年代のサンセリフ(Sans-serif; 独Groteskに遡る。東ベルリンは50年代のサンセリフに技術的な表現を加味して使っているのだそうだ。オレ・シェーファー(Ole Schäfer)とヴェレーナ・ゲアラッハはオリジナルの道路標識を元に調査を行った。
これにより、東側では二種類のフォントが、西側では一種類のフォントが使われていることがわかった。シェーファーとゲアラッハは、このオリジナルフォントを元に日常シーンでも使いやすく改良したFF City Street Typeのデザインを手がけている。

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©Verena Gerlach

あれれ?旧東ベルリン側に何年も住んでいるのに、いつのまに西ベルリンタイプのフォントに慣れてしまったんだろうか。自分の住んでいる通りのネームプレートを見ると、西ベルリンフォントFF Cst-West Berlinだった。なるほど、そういうわけか。