ワルシャワで会いましょう / Do zobaczenia w Warszawie

ワルシャワといえば、David Bowie – Warszawa。

暗くて重い、まさに壁崩壊以前のベルリンに共通する何かがある街、というイメージだった。ベルリンに住むようになってからもずっと気にはなっていたのだが、なぜか行く機会に恵まれず近くて遠い街だった。

それが昨年の年末に、急遽向かうことになったのだから不思議なものだ。

中高時代の同級生のFBへの書き込みを見ると、今年のクリスマスから年末にかけてポーランドのクラクフとワルシャワへ、とあるではないか。咄嗟に友人にDMを送りスケジュールを確認。クリスマス休暇明けから30日までのワルシャワ滞在。行ける!フライトを検索すると、まだ安いチケットが残席1の表示。即決で購入したのは言うまでもない。家族には申し訳ないが、今回もまた事後申請である。

「ここで行かないと、いつ行けるかわからない。」

旅とはそういうものだ。

しかし、出発前日の23時過ぎにポーランド航空LOTからSMSが入る。「明日の早朝便がキャンセルになったので、LOTのポーランドあるいはドイツの窓口まで電話で詳細を確認して下さい。」

縁がないのか、ワルシャワ?本来なら遅くとも6時過ぎには空港に向かわなければいけないスケジュールだったが、キャンセルになった以上、急いで空港に着いても仕方がないので目覚ましは7時にセット。まんじりともせず翌朝に。

どうしたものか。空港に直接行った方が早いのか?いや、クリスマス休暇明けすぐに空港職員の対応が良いはずがない。。

まだ8時だったが、次便が10時半頃だったのでまずは電話をしてみることに。「ドイツ語での対応は9時からになります。」英語かポーランド語対応の別番号で再トライ。繋がったので振替便を次便にできないか、と打診すると「確認しますので少々お待ちください。」と言われ、そのまま予約センターに引き継いでもらう。結局、思った以上にすんなりと当日の次の便に乗れる運びとなった。これまた結果的に到着時間がアパートチェックインの時間になったので、逆に都合が良かった。実は仕事でもないのに5時に起きての旅行もどうかとは思っていた。

それにしても最近、このパターンばかりだ。予定通りに飛行機が飛んでくれないが、結果オーライというパターン。そんなわけで、3時間くらい遅れての到着となった。

いよいよあこがれのワルシャワとの対面、である。

日本から来る友人をワルシャワ中央駅(Warszawa Centralna)へ迎えに行く前に、文化科学宮殿(Pałac Kultury i Nauki )に立ち寄る。ポーランド語のPałac Kultury i Naukiの頭文字PKiNが略称だが、これとポーランド語のPekinをかけて「ペキン(北京)」と揶揄したりもするらしい。スターリンからの贈り物とされる建造物など、ワルシャワ市民からすればありがた迷惑な代物に違いない。ソ連の面影=ノスタルジックという構造が頭に出来上がっているため、その佇まいに感動を覚えたことは白状しておこう。

スターリン形式のこの建物、当初はスターリン記念文化科学宮殿(Pałac Kultury i Nauki imienia Józefa Stalina)という名称であったというのだから驚きである。

憧れのワルシャワの(ありがた迷惑な)シンボルとも言える建物をようやく間近で拝めたわけだ。

ワルシャワ中央駅に近いこともあり、周辺には新しい高層ビルが出来ており文化科学宮殿と並んで摩天楼を成している。

ワルシャワ中央駅(Warszawa Centralna)。国際列車によってドイツのベルリン、ロシアのモスクワなどと結ばれている。長距離列車でモスクワへ行ってみるのもいいかもしれない。

さて、また例のごとく前置きが長くなってしまったが、次回は世界遺産に登録されたワルシャワ旧市街についてご紹介したい。