rausch / サシャ・ヴァルツの「ラウシュ」@フォルクスビューネ

Alle der Kosmonauten, Zweiland… ベルリンに来て数年。数少ない日本人の友人の中にサシャ・ヴァルツ(Sasha Waltz)のカンパニーで活動していたダンサーがいた。Takako Suzukiさんである。

Allee der Kosmonauten© Sebastian Bolesch

初めて彼女に会ったのは、どこかで知り合った日本人に声をかけられて一緒にお茶をしたのがきっかけだったように思う。みんなで4人くらいいたように思うが、ベルリンに来てすぐだった私は人に誇れる目標などもなく、「犬も歩けば棒に当たる」精神でただただ歩いてばかりの日々であった。

「あなたはベルリンで何をしているの?」

以前は国際機関で働いていたことがある、という日本人女性に唐突にこう尋ねられた。当時から空気を読もうとしなかった私は敢えてこう返事をした。

「今はまだ特に何もしていません。」

詳しいことは忘れてしまったが「目標はきちんと持った方がいい。」みたいなことを言われたような気がする。その場に居合わせた日本人は既に5年以上はベルリンに住んでいた先輩方ばかりだった。

そのやりとりを黙って横で聞いていたTakakoさんに、後日こう言われたことだけは覚えている。

「あの返事、なんか好きだったな。」

それで私たちは友人になった。

前置きが長くなってしまったが、そんなTakakoさんに声を掛けてもらい、Sasha Walzの作品を何度か観に行ったことがある。

Sasha Waltzがまだそれほど有名ではなく、彼女の作品がSophiensäleの小さなホールで行われていた頃だ。モスクワから来ていた友人と一緒に観に行ったZweilandが大好きだった。1997年のことだ。

Zweiland© Sebastian Bolesch

そして何の目的もなくただただ歩く日から、ゆっくりではあるが少しずつ地に足がつき始めた頃だろうか。

Takakoさんがゲストとして出演したKörperを観た辺りから、「あれ?」と公演後に違和感を感じるようになった。Takakoさんにも正直にその違和感について話すと、彼女もそうだ、と言っていた。

そして、その後、暫くしてから彼女はカンパニーを出て独立した。それがいつだったのかもう余りはっきりとは覚えていない。

その時に感じた違和感のようなものを先日、家族で観に行ったrauschの公演後にもまた感じたのである。そしてそれは少し私を寂しくさせた。おそらく、Sasha Waltzは有名になりすぎて賢く(インテリに)なってしまったのだと思う。1時間50分ほどの公演が少し苦痛に感じた。何がそうさせたのか私にはよくわからない。

白でシンプルに統一された舞台にブラックとホワイトの衣装。半円状に吊られた幕に黒の液体が吹き付けられたり、と舞台そのものの見応えはあったのだから。各ダンサーの踊りについては言うまでもない。

何より驚いたのことは冒頭にビートルズが爆音で鳴り響いたことだ。ホワイト・アルバムからの一曲。だから舞台も白一色だったのだろうか。

rausch©Julian Röder

Sasha Waltzといえば、今ではベルリンで一番知名度の高い振付家であり、現代ダンス界でその地位を確立している。また、身体表現(ダンス)を超えてオペラや演劇とのコラボ作品も多数手がけている。

公演前には全く知らなかったのだが、来シーズンから国立バレエ団の芸術監督に就任するため、当分新作公演を観ることはできないだろう、とのこと。10月27日に行われたフォルクスビューネ (Volksbühne)のrauschがいわゆるSasha Waltz & Guestsとしての最後の作品に当たっていたようだ。

rausch©Julian Röder

しかも、国立バレエ団はその決定に対して反対の意を示したというのだから驚きだ。バレエ団の広報は「Vladimir Malakhovは監督になる前にも我々と作品作りをしていた。それはNacho Duatoも同様だ。Sasha Waltzは我々の何に興味を持っているんだ?我々の何を知っているというのか。」かなり辛辣な意見である。

なぜこのような事態になったのかはさておき、国立バレエ団のプログラムを見る限り、来春にはSasha Waltzの作品も公演が予定されているようだ。

彼女とベルリン国立バレエ団の行く末についても気になるところではある。

Takakoさんは元気にしているだろうか。久しぶりに連絡を取ってみよう、とこのブログを書いて思った。

タイトル写真:rausch©Julian Röder

Neuer Intendant der Volksbühne / 劇場総監督交代

2017年のフランク・カストロフ時代の終焉から早2年。ベルリンのフォルクスビューネの劇場総監督はこの2年間で目まぐるしく交代した。

フランク・カストロフ(Frank Castorf)→クリス・デルコン(Chris Dercon)→クラウス・デュル(Klaus Dürr)→?

クラウス・デュルは次の劇場総監督が決定するまでの期間、あくまで代理としてポストに就いたのだがその後、劇場総監督に関するニュースは全く目にすることがなかった。

しかし、先日とうとう正式に新劇場総監督が決まったとのニュースが流れてきた。

劇作家で監督のレネ・ポレッシュ(René Pollesch)である。ポレッシュは2001年からフランク・カストロフ率いるフォルクスビューネで劇作家および監督として従事していた。

ポレッシュの代表作としては、2012年の”Kill your Darlings”が挙げられる。

2001年から2007年までフォルクスビューネ内にある小劇場Praterの責任者を務め、シュトゥットガルト、ハンブルク、チューリヒといったドイツ語圏の大きな劇場で演出を手がけた。

ベルリンではドイツシアター(Deutsches Theater, DT)で2019年1月末に”Black Maria”を初演している。DTでは来シーズンに2つの新作が予定されている。こちらも要チェックだ。

フランク・カストロフが2017年に退陣し、クリス・デルコンが劇場総監督に就任するも、2018年4月に退くという異例の事態に。それ以降、クラウス・デュルが新たにポストに就いたが、2019年2月の時点では2020/2021のシーズン終了までが任期となっていた。

それだけに重責を担うポストなのだろう。レネ・ポレッシュ率いるフォルクスビューネの今後に注目したい。テレビの取材嫌いのレネ・ポレッシュ。

rbbのインタビューに答えのはシャウビューネの芸術監督を務めるオスター・マイヤー(Oster Meier)だ。「レネ・ポレッシュがフォルクスビューネを率いることで西側のシャウビューネと東側のフォルクスビューネのバランスが保たれると思う。とても嬉しく思っている。」と言った歓迎の言葉を述べている。

ツイッターで記者会見の映像が流れてきたので、シェアするためにここに貼っておこう。

参照:rbb: Kultursenator bestätigt René Pollesch als neuen Intendanten

タイトル写真:©ZDF

Räuberrad ist längst zurück / フォルクスビューネのシンボル

フォルクスビューネの正面に設置されていた同劇場の非公式シンボルである「足のついた車輪」が2018年の秋に元の場所に帰ってきた。

Räuberradはフリードリヒ・シラー「群盗」上演の際に作られたシンボル で「反抗的で扇動的」な劇場人のために、という意味が込められて制作されたものなのだとか。

直訳すると、「群盗車」だが、わかりにくいので勝手に「足のついた車輪」と呼ぶことにする。

アレクサンダー・シェールとOSTのロゴ

カストロフの任期中に慌てて観に行った「偽善者の企み。モリエールの生涯」。公演中にこれまで劇場の屋根の上に設置されていたOSTの看板が演出の一環として外されたのにも驚いたが、最終公演の日には劇場前のシンボルが引き抜かれようとしていたようだ。

これらのアクションも方針の違う新劇場監督クリス・デルコンに対する劇場側の意思表示だったと思うが、撤去された車輪はそのままフランスのアヴィニョンで開催された舞台芸術フェスティバルに合わせて「亡命」していたらしい。

アヴィニョンで設置中の「足のついた車輪」

世界最高の舞台芸術フェスティバルとして、スコットランドのエディンバラ、オーストラリアのアデレードと並ぶ、フランスのアヴィニオン・フェスティバル。

このフェスティバルを始めたのは俳優で演出家のジャン・ヴィラール(Jean Vilar)。1947年に支配人を兼ねていた国立民衆劇場 (Théâtre National Populaire)で夏に野外演劇をしないかと提案され、その提案に乗ったのが始まりだ。

ヴィラールもフォルクスビューネのカストロフと同様、ファシズムやモラルの破綻に長年晒された戦後、一般市民に開かれた演劇を目指していた。もしまだヴィラールが生きていれば、フォルクスビューネのシンボルの「亡命」を喜んだことは間違いないだろう。

そんな縁もあり、カストロフは任期期間中に行われた最後のフランスでの客演に合わせて、「足のついた車輪」を引っこ抜き、三等分してトラックにひょいっと積んで持って行ってしまった(所有者のベルリン市との合意の元に)。

フェスティバルが終わった後はどうなるのか?とメディアでもとりあげられたが、客演後には引っこ抜いた時に壊れた足や錆びた部分などがベルリンのオーバーシューネヴァイデ(Oberschöneweide)にある金属会社にて修復された。

「足のついた車輪」はこうして見た目はそれほど変わらないが、必要な部分に修復が施され、一年後に再びフォルクスビューネの正面広場に戻されたのである。

見慣れた街角の風景がまたひとつ失われた、と意気消沈ものであったが、帰ってきたというニュースを見つけた時は本当に嬉しかった。

街の人たちに愛されているシンボルを簡単に撤去してしまわないで欲しい、と心から思う。ベルリンの広告塔も残せるものなら残して欲しいものだ。

参考記事:Der Tagesspiegel / Das Räuberrad ist im Exil angekommen
Das “Räuberrad” blieb standhaft

Die Castorf-Ära ist vorbei / カストロフ時代の終幕

昨日、2017年7月1日の公演をもって、カストロフ率いるフォルクスビューネの幕が下りた。
ストリートフェスなども企画されていたようだが、それには行けなかったため、一晩明けた今日、フォルクスビューネ周辺の様子が気になっていたので足を運んでみた。
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なんと「!」の垂れ幕がちょうど撤去された後だった。。これで、「OST」も「!」も足のついた車輪のロゴもなくなってしまったわけだ。
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誰が設置したのかは定かではないが、足のついた車輪のシンボルがあった場所に真っ黒な柱とその上に小さなオレンジ色のシンボルが刺さっていた。そして、その脇には壊れたマネキンとANFANG(始まり)の文字が。
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曇天が似合う不吉なオブジェか。誰の手によるものなのだろう?
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ん?何だこの椅子は?ちょうどいいところに椅子がある。ご丁寧に鍵まで掛かっている。
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椅子に上るとWIR WERDEN EWIG LEBEN!「我々は永遠に生きる!」の横断幕が見える憎い演出!?誰が仕掛けたのかは不明だが、とにかく粋な計らいである。

建物の右手にある書籍コーナーはまだ寂しそうにポツンと残っていた。そこにもWas bleibt「何が残る」やMusst bleiben!「残るべきだ!」などのメッセージが。
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こちらはAlexander ScheerのポスターとMUSST BLEIBEN!のメッセージ。
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建物の側面にはMACH DOCH!「勝手にしろ!」この訳が適切かどうかはわからないが、次期総監督デーコンへの当てつけだろうか。
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そして、フォルクスビューネの入り口には花が添えられていた。
どちらにせよ、カストロフと彼率いる俳優陣との壮絶な舞台を簡単に観ることが出来なくなってしまったのはとても残念なことだ。

「演劇というのは、ある空間の基底性のなかに置かれた身体と言葉が、その場特有のメッセージを出すことなんですね。逆を言えば、あるメッセージを観客に向けて発するのに有効な空間を発見する、それが演劇なんです。」演出家の鈴木忠志さんのこの言葉はカストロフのVolksbühneで感じたまさにそれだ。

時期総監督デーコンの胸中も計り知れないが、これほどのプレッシャーの中でどのように今後のフォルクスビューネの舵取りをしていくのかとても気になる。まずはその手腕を拝見するとしよう。
ただし、デーコンの「フォルクスビューネ」に足を踏み入れることはないだろうけれど。
最後にrbbのAbendschauのリンクを貼っておくのでご参考までに。
https://www.rbb-online.de/abendschau/archiv/20170701_1930/Volksbuehne.html