Nachwendekinder: Die DDR, unsere Eltern und das große Schweigen / 統一記念日に読んでみたい本

Nachwendekinder=転換期後(壁崩壊後)の子供たち、とでも言えば良いのだろうか。ベルリンの壁崩壊とそれに伴う社会政治的な意味での転換期をWendeあるいはWendezeitと言ったりする。

10月3日はドイツ統一記念日なので、一冊の本をご紹介しようと思う。

Buch “Nachwendekinder”

統一記念日である今日の新聞のタイトルにもNach der Wendeという言い回しがたくさん使われていることだろう。

この本のタイトルでは、ベルリンの壁崩壊後の子供たちを指している。

作者のヨハネス・ニッヒェルマンはかろうじて東ドイツ(DDR)で生まれた。彼は著書「壁崩壊後の子供たち」の中で、自分の生活感やまだ知り合ったことのない国の日陰で大きくなった同年代の生活感を描いている。

彼らにとってDDRとは一体なんのために存在しているのか?彼らの両親の国はどのように彼らに影響を与えているのか?

ヨハネス・ニッヒェルマンは自分のことをオッシー(旧西ドイツ人が旧東ドイツ人を指して呼ぶ言い方。)と呼ぶ。彼は友人たちと同じように壁の崩壊する1989年に東ドイツで生まれた。オッシーというのは少しバカにしたようなニュアンスが含まれる言い方である。

Ernst Thälmannの銅像 / ベルリン

彼らは望もうが望むまいがずっしりと重いテールマンの銅像のような遺産と共に生活をしている。

作者のヨハネスさんは、12歳の時に母親の仕事の都合でバイエルンに引っ越しをした。それ以前に「東ドイツ」というテーマと向き合うことはなかった。12歳だったので当然と言えば当然である。

しかし、バイエルン州の田舎に引っ越しをすると、周囲の人々が東ドイツに関する質問を矢継ぎ早に浴びせてきたのである。「なぜ東ドイツ訛りがないのか」「走ってもいいのかそうでないのか。それとも撃たれたのか。」それまでの生活で聞かれたことのなかったような質問だった。

西ドイツ側へ引っ越ししたかろうじて「東ドイツ人」であった彼は、東ドイツというある意味「外国」だったもうひとつの国に関する周囲の興味を集めたのである。

ヨハネスさんがDDRの歴史と出会ったのは、12歳でLogoという子供番組でレポーターとして壁について話したときだ。

その時はまだ旧東ベルリンのニーダーシューンハウゼンに両親と兄と一緒に住んでいた。今日もその当時も静かで緑の豊かな住宅街である。彼の父は過去について話したがらなかった。それがヨハネスさんをさらに好奇心旺盛にした。

ヨハネスさんは小学校でDDRの歴史について学んだことがなかった。彼は彼の同世代の子供たちと同様、彼のDDRを物や月並みなイメージを元に想像した。両親がオープンに語ってくれたらどれほどよかっただろう。

私事になるが、私の相方は西ベルリン生まれだが、彼の両親は東ドイツ出身である。壁の建設された1961年に東ベルリンから西ベルリンに移り住んだのだそうだ。お姉さんが確か1961年生まれだったと思うので、東ベルリンで生まれたのか西ベルリンで生まれたのか、とにかく非常に大変だったというお話をちらっと聞いたことがある。

彼の両親もやはり東ベルリンや当時の壁建設、壁建設前の移住についてはなかなか話したがらないのだそうだ。余りにも大変な思いをしたので、ぺらぺらと話せるようなことでもないのだろうと思う。

そういう意味でも、とても気になる本だ。

参照記事:rbb Kultur / Buch “Nachwendekinder”