パリ19区とジョンウィック、そして米津玄師
今回の旅のきっかけ
久しぶりのパリ。最後に行ったのは20年前くらいになるのでは?仕事で小澤征爾さんのインタビュー撮影をしたのだ。今回のパリ行きの目的は米津玄師のライブ参戦。ワールドツアーのことも全く知らず、チケット販売には見事に乗り遅れてしまい、気づいた時にはすでに完売していた。それが、「チケット取れませんでした、残念!」とTwitterで呟いたところ、東京在住の方から「友人が行けなくなったので余ったチケットをお譲りします」というダイレクトメッセージが届いたのである。ちょうど私が東京滞在中だったので、東京駅でチケットを受け取ることができた。何事も呟いてみるもんだな、とつくづく思った出来事だった。
さて、5度目に当たる今回のパリ滞在だが、一番最初にこの街を訪れたのは1993年の夏だった。ロンドンからオランダ、そしてパリ、パリからベルリンへは列車で移動した。初めての欧州ひとり旅だったが、今ほど街がごった返していたような記憶もなく、なんとなく街を歩いていただけで、あまりパリそのものには感動を覚えなかった。あの時、パリにもっと感動するようなことが起きていれば、今頃はベルリンではなくパリに住んでいたはずだ。
ジョン・ウイック撮影地弾丸ツアー
そんなわけで、今回はヴィレット公園内に位置したゼニスというライブ会場に近いパリ19区のアパートを借り、到着当日と次の日は近所の公共文化センター、セントキャトル(Le Centquatre104)を覗きに行ったり、ヴィレット公園でジョギングをしたり、近所のハマム(Medina Hammam Center)へ行ったりして過ごしていた。しかし、ふと「パリといえばジョン・ウィック4では!?撮影地巡りをすることで、苦手な観光もできるかもしれない!」と思った。思い立ったが吉日。検索して、ざっと撮影地を挙げてみた。
- サクレ・クール寺院
- シャイヨー宮
- エトワール凱旋門
- オペラ・ガルニエ
- ファンダシオン ルイ・ヴィトン
- ルーヴル美術館
- サントゥタッシュ教会
月曜日からにするはずが、日曜日の午後に予約を入れておいたハマムが思いのほか早く終わったこともあり、その足でサクレ・クール寺院に足を伸ばすことにした。快晴の日曜日だったせいか、サクレ・クール寺院は地元民と観光客で溢れかえっていた。「あの美しいラストシーンを再現したくてもこれだけ人が座っていたら無理だよなぁ」とサクレ・クールまでの階段を見上げながらため息をついた。

撮影地だと思われる階段も見つけたが、画角が広かったように記憶しているので同じ場所だとは思えなかった。実際、その場所に立って見ると、監督の力量だな、と舌を巻いた。もしかするとここではないのかもしれない。

さて、翌日は月曜日。この日はデイチケット(を購入し、まずは19区のアパートから1時間ほど離れたシャイヨー宮へと向かう。メトロの出口から外へ出ると、警備員と柵が目に入った。「うわぁ、何かあるに違いない」。警備員に聞いたところ、どうやら大統領が「海洋危機」についてのインタビューを行うということがわかった。厳重な警備の理由はわかったが、さすがに近づけないのは残念でしかなかった。それでも十分にパリらしい見事な眺めだった。

またメトロに戻り、次は凱旋門へ。パリはメトロの出口を出るたびに「うわぁ!」と感嘆せざるを得ない景色が目に飛び込んでくる。ベルリンではなかなかそういう場所はない。強いていえばブランデンブルク門くらいだろうか。それにしても、映画の中の凱旋門のアクションは凄かった。

それはそうと、5回目のパリでやっとこれまで挙げた観光地へ足を運べたことになる。これもジョン・ウィックのおかげ。シャンゼリゼ通りすら歩いたことがなかったのだ。少し歩いて、またメトロに戻り、次に向かったのはオペラ・ガルニエ。メトロの階段を登るとそこにはオペラ座の姿が、、、のはずがなんと工事中。がっかりしたが裏手に回ると見学のための行列ができていた。並んでいる暇はないので今回はパス。内観は次回の楽しみに残しておこう。

オペラ座界隈といえば、和食レストランが集まっていた記憶がある。撮影のあとにラーメンを食べた場所までは覚えていなかったが、なんとなく記憶を頼りに歩いていると、覚えのある通りアンタンに出た。ちょうど12時を回ったばかりだったので、近くにあったうどん屋さんでランチに。

弾丸ツアー中のいい休憩になった。ありがとうございます。そして、和食レストランの数のあまりの多さにこれまた仰天することになる。メロンパンが並んでいるお店があったので、ひとつ購入。そして徒歩でサントゥタッシュ教会へ向かう。途中でY’sのお店を見かけるなど、やはりパリらしい。いいなぁ、パリ笑

教会の中はそれほど混んでおらずホッとした。ここはノートルダム大聖堂ほどメジャーな場所ではないのだろう。ジョン・ウィックがケインと落ち合った場所である。

さて、残るはルーヴル美術館のみ。と、教会の中でスマホを充電しようと思ったところ、別のケーブルを持ってきてしまったことに気づく。「あぁー、これじゃあルーヴルに入れなくなる上、帰れなくなる!」というわけでここで強制撤収。自分の充電も兼ねて、一旦仕切り直すことにした。アパートに戻り、メロンパンとコーヒーで一息いれたあと、またメトロで美術館へ向かう。メトロを出て目に飛び込んできたのは、思わず目を疑うほどの長蛇の列だった。月曜日の午後4時だというのに、これはさすがにきつい。撮影地巡礼でもなければ、そのまま踵を返して別の場所に向かっているところだ。しかし、今回はチケットも予約し、ドゥノン翼に展示されている「勝利の女神」を目指すのみ。駅並みに混雑している中、なんとか目的の場所に辿り着いた。絵画をゆっくりと鑑賞するには人が多すぎたのだが。


あまりの人の多さと弾丸ツアーの疲れでクタクタに。モナリザまであと一歩というところで諦めて帰宅してしまった。観光地はどうも好きになれない。今回はそれでも、ファンダシオン ルイ・ヴィトン以外はなんとか一気に回れたのでよしとしたい。それにしても、パリはベルリンとは違い、本当に観光客だらけである。
米津玄師のパリ公演
慣れない観光地巡りで疲れてしまっては本末転倒なので、この日はノートルダム大聖堂を見に行くだけにした。お昼前に近所でバゲットサンドを買い、シテからてくてくと歩き、天気がいいのでセーヌ川沿いに座って齧る。

向こうにはノートルダムが見える。この景色、パリならでは。

予約していたが早く着いたので予約なしの列に並んで中へ入る。有名なだけあって、中は混んでいたがルーヴル美術館ほどではない。

出火原因不明の火災があったのが2019年の4月中旬だが、5年8ヶ月ぶりの2024年12月初旬に再開の記念式典が開かれている。外部工事は続いているのだろう、まだクレーンは撤去されていなかったようだ。
ここで一旦帰宅。早めの夕飯を東京からロンドン公演、パリ公演と参戦中の強者とご一緒する約束をしていた。会場まで運河沿いを歩いて20分くらいの場所にあるカンボジア料理。牛肉とモツのミートボール入りのフォーを頼んだが非常に美味しかった。

物価はなんとベルリンの方がわずかに高い印象を受ける。パリだと美味しいバゲットが2ユーロしないので!

長年のファンの方にいろいろとお話を聞きながら記念撮影。今日のライブJUNKの電光掲示板が出た。

フラグも押さえる。物販コーナーには長蛇の列ができていたが、ルーヴル美術館のあとだと可愛いものである。せっかくなのでタオルやワールドツアーTシャツ、ステッカーを購入。

ゼニスは6000人強のホール。日本では東京ドームなど大規模なスタジアムでライブが行われているようなので、海外ならではの規模ではないかと思う。それでもパリだけで5000人以上が集客できるのだからすごいことだ。フランスはドイツに比べて日本のアニメや文化などの人気が非常に高いので、その影響もあるのかもしれない。ホール内の撮影は禁止されていたので写真はないが、アリーナ席のすぐ後ろのブロックだったため、音響的には近からず遠からずで心地よかった。ベルリンから来ていた友人たち(帰り空港でバッタリ遭遇した)はなんと4列目だったんだそうだ。
イギリス公演に行ったわけではないが、オープニングからほぼ総立ちになっていたので、パリの方が初めから一体感があったようだ。「今回が初めてのパリでのライブなんですが、ここでライブができてとても嬉しいです」といった内容のMCが日本語で入ると、わぁっ!と歓声が上がっていた。米津さんの一挙一動に大きな歓声が上がっていたのには驚いた。とにかくものすごい人気なのである。
個人的にはLOSERからのKICK BACKをライブで体験できたのが最高だった!
パリ公演の印象がいいはずなので、またパリには来るんだろうな。その時はまたぜひ参戦したいと思う。歌唱力はもちろんのこと、演出を含め世界観が半端なかった。パリの印象も一新できたいい滞在だった。
参考リンク☟
パリ市内およびその他イル・ド・フランス地域に対応した交通アプリ:Île-de-France Mobilités
オペラ座の近くのうどん屋:KAMAKIRI HAKATA UDON
美味しいメロンパン:パン屋あき
19区のカンボジア料理:Chamroeun Crimée
公共文化センター:セントキャトル
ハマム:Hammam Medina Center