ワルシャワの旧市街 / Warszawa-2

友人とも無事に合流し、ワルシャワ二日目。

ワルシャワもベルリン同様、第二次世界大戦で甚大な被害を受けた街である。1939年にナチス・ドイツがポーランドへ侵攻、ワルシャワは空襲に遭いナチス・ドイツの占領下に置かれる。ワルシャワ・ゲットー(ユダヤ人居住区)やオフィチエンシム(アウシュヴィッツ)などを想起される方も多いことだろう。地理的にもドイツとソ連という二大国に挟まれ、多くの市民が殺戮されたり市内の建物のほとんどが破壊された苦難の歴史を持つ街だ。

M.Świerczyński – Stanisław Jankowski, Adolf Ciborowski “Warszawa 1945 i dziś” Wydawnictwo Interpress, Warszawa, 1971, page 66 Wiesław Głębocki; Karol Mórawski
驚くべきことに、現在のワルシャワ北部にある旧市街(Stare Miasto)及び隣の新市街(Nowe Miasto)は第二次大戦後、市民により「壁のひび一本に至るまで」忠実に再現されたものである。これらのワルシャワ歴史地区は1980年に世界遺産に登録され、2011年には再建に用いられた資料もユネスコ記憶遺産に登録される運びとなった。ベルリンとは異なる再建の道を歩んでいるところも非常に興味深い点だ。

市民による市民のための街作り、というポーランド人の精神が再建への情熱から垣間見ることができる。ワルシャワ市民は自分たちの街を愛してやまないに違いない。今回は滞在期間も短いことからワルシャワ博物館には行かなかったのだが、次回は是非とも街の再建について博物館でじっくりと触れてみたいと思っている。

Muzeum WarszawyのHPより

旧市街はどこを向いてもポストカードになるようなしとっりとした美しさだった。色味がとても落ち着いている。

Zamek Królewski w Warszawie / ワルシャワ王宮と旧市街の街並

王宮広場ではポーランド独立100周年記念集会のようなものが開かれていた。気になったので調べてみると、日本では「ポッキーの日」と言われている11月11日がポーランドの独立記念日だった。今年の独立記念日はかなり盛大に祝われたようだが、極右団体が参加するなど不穏な動きもやはりあったようだ。ポーランドでも3年前に保守政党「法と正義(PiS)」が政権について以来、右傾化が進んでいるためEU内でも問題視されている。

過度な愛国心は国家主義と裏腹になりがちだ。ポーランドは元来、愛国心の強い国だけに不満の行き先が排他主義に繋がりやすいのだろう。もちろん、これはポーランドに留まる問題ではなく、情報や経済格差から来る世界的な分断化とも捉えられるだろう。

 

Rynek Starego Miasta / 旧市街の市場広場

 

Piwna / ピヴナ通り

ピヴナ通りのポスターギャラリーでポスターの本を購入し、通りのカフェで小休憩。午前中は人通りもまばらでゆったりとしていた。ポーランドのポスターが面白いというのはどこで受けた印象だったか定かではないが、ずいぶん前にベルリンのフリーマーケットで一目惚れしたポスターを購入したことがある。この通りのポスターギャラリーのHPもかなり充実しているので気になる方は是非チェックしてみて欲しい。日本ではヤン・レニツァやヘンリク・トマシェフスキなどが知られているようだ。

Norma
V. Bellini
Jan Lenica
opera; 1992

ポーランド広報文化センターのHPでポーランド派ポスターに関する記述を見つけたので、以下、引用しておこう。

50年代から60年代にかけて、ポーランドの『ポーランドポスター学校』といわれるグラフィックデザイナーたちがつくったポスターには、人々の「伝える力」がこもっています。「ポーランドポスター学校」のメンバーたちは、市民のために表現の自由を勝ち取り、表現を通して市民と向き合い、市民が何を必要としているのか、また、新しい社会的理念に相応しい、従来とは異なる現代的コミュニケーションの創造に努めました。

ポーランドポスター学校は、学校ではなく、ワルシャワのデザイナーたちが仕事帰りにレストランやバーに集まって議論したり、作品を見せ合ったりして、切磋琢磨していた集団のことです。世界のポスターの中でも非常に優れた一連のポスターを生み出した、”ポーランドポスター”の中核を担うのが、ポーランドポスター学校のメンバーです。

『ポーランドポスター学校』の時代と現代のポスターを比較すると、現代ポスターの表現力が弱まっているのでは、と指摘されています。

次回はヴィスワ川対岸に位置するワルシャワのプラガ地区について少し。