Kamenice / カメニツェ川の渓谷

メズニ・ロウカ(Mezní Louka)から青と黄色のルートを通る長いコースと、メズナ(Mezná)から緑と黄色のルートを通るショートカットコースがあるが、3度目の今回は長めのコースを歩くことにした。

フジェンスコ(Hřensko)までボートに2回乗るルートだ。案内板にはボートの最終時刻が赤字で強調されていた。

カメニツェ川は昔、材木の運搬に使われていたそうだが、現在では道路が整備されているので材木を積んだトラックをよく見かける。森の入り口でも丸太が山積みにされていた。

前日に少し雨が降ったのと、川沿いのハイキングコースなので渓谷は湿気が多く肌寒い。

宿泊施設の裏の森にたくさん生えていたベニテングダケのような大振りのキノコではなく、小さなキノコが苔に囲まれてひっそりと生えている。

目を凝らさないと見つからないようなミニチュアの世界。

これだけ湿気の多い場所なのに今回はなぜかカエルには遭遇できなかった。

3日目だったが、子供たちは元気だ。

見て!松ぼっくりにキノコが生えてる!

メズニ・ロウカから青のルートで1,5キロ。黄色のルートであるDie Wilde Klamm (Divoká soutěska)までさらに1,5キロ。わかりやすい道しるべが立っているので道に迷うこともない。

このルートは途中で川下りができるので、この辺りでは一番観光客も多い人気のルートだ。

一つ目のボート乗り場、Divoká soutěskaに到着。

このボートでの川下りは観光客のために1898年に始まった。川沿いにはところどころに彫刻などがさりげなく置かれており、船頭が面白おかしくそれらの説明をしながら船を進める。

恋人たちの像

川にいる魚を数えながら歩く子供たち。途中の休憩所に着く前にお腹が空いたので、持参したおにぎりを食べてさらに先に進む。

メズニ橋に到着。この橋を渡って北上するとメズナーやメズニ・ロウカまで戻ることができる。緑のルートを南下するコースもあるが、ここは黄色のルートをまっすぐ進むと休憩所に着く。

休憩所のおなじみの場所で3度目の記念撮影。2016年、2017年、2019年の写真を見比べると子供たちの成長が手に取るようにわかる。

7歳と10歳に

ボヘミアン・スイス国立公園には今回ですでに4度目だが、ここへ来るようになったきっかけはベルリンの生活ではあまり歩かないので、山歩きをしてみよう、というアイデアからだった。

ドイツ国内だとベルリンから行きやすい場所がザクセン・スイスだったのだが、ふとチェコ側の国立公園でもいいのではないか、と調べてみたのが始まりだ。

季節ごとに違った表情を見せてくれるが、子供たちも大きくなり歩き慣れたルートになったので、次に再訪することがあればまた別のルートにトライしてみたい。

Malá Pravčická brána / 小プラフチツェ門

午前中は雨が降ったりと愚図ついた空模様だったので、裏の森を少し散策する。雨のおかげであちらこちらにキノコが顔を出していた。

昼過ぎから天気も回復してきたので、裏の森をもう少し歩いてみることにした。「えー、また歩くの!?歩くだけなんてつまんない。」と子供たち。

ブツブツ言っていたのもつかの間。湿地でカエルを見つけた途端にすっかり忘れてしまう。

山の方に木の階段を見つけたので、そちらの方へ歩いてみることにした。子供たちもさっきまでの「歩きたくない」はどこかへ置いてきたようだった。

小さい頃からそうだが、ふたりとも道無き道や、難しいルートだとテンションが上がるらしい。こちらの山側のルートも赤。

登れないかな。。

少し調べてみると、小プラフチツェ門へと続く道のようだ。往復で6キロほどの距離である。

あっち行こう!

赤いルートだし、結構歩くけど大丈夫かな?と聞いてみたが、すでに行く気満々である。さっきのは何だったの?

あまりメジャーなルートではないのだろう。山道もそれほど手入れされておらず、なかなかスリルがある。

ところで、このルート、メズナ・ロウカを挟んでプラフチツェ門へのガブリエル遊歩道と全く逆方向なのだが、道中に2度ほど地図を片手のドイツ人に道を聞かれた。小プラフチツェ門とあるので間違えるのかもしれない。

1時間半くらい経ったところで、お城のマークのようなものが道しるべに現れた。ゴールは間近だ。

小プラフチツェ門

おおー、確かに小さなプラフチツェ門だな。。

ここまで足を運ぶ人はあまりいないのだろう。チェコあるあるで、キオスクや休憩所もない場所であった。ちょっと歩こうか、と言って出発したので大した準備もしておらずガムを噛んで小休憩。

展望台のようなところがあったので、登ってみる。「この景色を見れたんだから、来た甲斐があったねー。」

帰り道も同じルートを戻ることに。子供たちはトトロの歌を大声で歌いながら歩く。

行きは初めてで先行きの見えない道だったので、とても長く感じたのだが、帰り道は一度経験して勝手を知っているからなのかとても早く感じた。

行きはヨイヨイの全く逆だったわけだ。

新しいことや勝手のわからないことに挑戦するときはかなりのエネルギーや勇気が必要だが、やり慣れていることは簡単に感じるのと同じなのだろうか。

新しい道を歩くのと、新しいことに挑戦するのはどこか似通ったところがあるのかもしれない。

そんなことを歩きながら考えていた。

帰り道にまたカエルに出会った。「絶対、同じカエルやんな!」と子供たち。そう思うぞ。

Pravčická brána / プラフチツェ門

2017年に初めてプラフチツェ門を訪れてから2年。子供たちも7歳と10歳になった。

秋休みにクロアチアへ行こう、という話もあったのだが仕事が忙しく、フライトなどの手配ができないままあっという間に秋休み前に。バックアップ用に行き慣れているボヘミアン・スイス国立公園内のメズニ・ロウカ(Mezní Louka)に宿をひとつあわてて押さえた。

2年前に訪れた時にはまだ建設中だったアパートメントホテルの最後の1室を秋休み直前になんとか予約。予約内容をよく確認していなかったのだが、簡易キッチンとバスタブ備え付けの部屋だった。

オフモードで旅行のオーガナイズをするときはこんな風にかなり行き当たりばったりになってしまう。

3年前に初めてMezní Loukaを訪れた時よりも、宿泊施設が年々少しずつではあるが増えている。それでもまだ平日はとても静かな場所だ。

そんなMezní Loukaだが、ボヘミアン・スイス国立公園内を歩くにはうってつけの拠点である。北側にはプラフチツェ門のあるガブリエル遊歩道、南側にはカメニツェ川(Kamenice)の渓谷があるからだ。

今回はまず北側のルートを行くことにした。

プラフチツェ門までまずは7キロ。

例年であれば秋休みは日本に一時帰国している時期なのだが、今年は夏に帰ったため、秋のボヘミアン・スイスは初めてだ。

すっかり秋めいた山の景色。少し涼しかったが、歩いているとうっすら汗ばむくらいの気温で気持ちがいい。

プラフチツェ門まで60分、メズニ・ロウカまで10分と書かれた道しるべ

プラフチツェ門のある北側のルートは赤いルートで難易度が高い部類に入るらしい。それでもきちんと整備されているので子供でも十分に歩ける道である。

展望台からの景色。ここまで来れば、後一息で休憩所のあるプラフチツェ門に到着する。

懐かしい風景。相変わらずの絶景だ。

秋休み中の平日だからか、道ですれ違う人のほとんどがドイツ人だというのも面白い。上の写真にあるレストランでスープを注文したら2ユーロだった。物価がドイツに比べてまだまだ安いのもチェコの魅力だろう。

風が強くなってきたので、お昼時で満員のレストランに入ったら運良く席が空いたのでゆっくりと休むことができた。ガブリエル遊歩道唯一の休憩所なので、シーズン中は混雑している。

チェコの国立公園内にはこのような施設のある場所が限られているので小さな子供と一緒に歩くときは特に注意が必要だ。準備万端で臨んだ方がいいだろう。

四季折々の自然を楽しめる変化に富んだトラッキングルートなので、山歩きが好きな人は是非。過去ブログにはプラフチツェ門の少し詳しい説明も書いているので気になる方は読んでみてください。

次はドイツ国内のザクセン・スイス側も歩いてみたいと思っている。

(R.U.R.) /ロボットという言葉

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兄ヨゼフが描いたカレル

ロボットという言葉はこの劇曲で生まれて世界中に広まった。
岩波文庫の「ロボット」(R.U.R) カレル・チャペック作のカバー表紙にはこう書かれている。ロボットという言葉がカフカに並ぶチェコの国民的作家カレル・チャペックによって作られたものだということをご存知だろうか。
舞台は人造人間の製造販売を一手にまかなっている工場。人間の労働を肩代わりしていたロボットたちが団結して反乱を起こし、人類抹殺を開始する。機械文明の発達がはたして人間に幸福をもたらすか否かを問うたチャペック(1890−1938)の予言的作品。
時代が変わっても常に人間は、人工物であるロボットにある種の脅威を抱かざるを得ないようだ。そして一部の作家、中でもSF作家には未来を予知する能力が備わっているに違いない。
現在の我々の社会を取り巻く諸問題の多くは、この「未知なるものに対する一抹の不安」が原因になっているのではないだろうか。

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ドイツ発「インダストリー4.0が製造業を変える」より

ドイツで言えば、政府主導の「インダストリー4.0」による加速的なデジタル化やモノのIoT、そして今後も止むことはない難民流入などが、まさにこの「未知なるもの」に当たるのではないか。
チャペックの「ロボット」たちは感情や痛みを与えられたことで、人間に憎しみを抱き人類抹殺を始める。未知のものはこうしていつも悪者として描かれるものだ。この劇曲では最後にロボットが愛と魂を持ち、「新たな人間」として再出発するわけだが、デーィープランニングなどで日々どんどん進化しているAIはどこまで人に近づき、人と共存できるのか。5年、10年後が楽しみである。
ところで、チャペックの活躍した時代はまだチェコがスロヴァキアと結んでチェコスロヴァキア共和国を創り、経済的・文化的にも栄えた黄金時代だった。当時のチェコスロヴァキアは世界で第8位の工業先進国だったというのだから驚きである。

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劇ポスター”R. U. R. Rossum’s Universal Robots”

そんな中、生まれた「ロボット」という言葉、チェコ語のrabota=強制労働という言葉から作られた、とも言われているが、確かに劇曲中にも「手を動かして働く以上、我々の『同志』だ」とロボットが手を動かすのが好きなアルクイストという建築士のみを生かしておく場面が出て来る。ロボットによって労働から解放された人間は誰一人として働かなくなり、堕落してしまう。
カレル・チャペックは「ロボット」という言葉を作ったのは自身ではなく、兄で画家のヨゼフ・チャペックであるとしている。あらすじを兄に話し、どのような名前にしたらよいだろうかと聞いてみたところ、口に絵筆をくわえてもごもごとした口調で「ロボット」はどうだろうかと答えたという。
兄のヨゼフは1916年にチャペック兄弟として正式にデビュー。1921年、カレルと共にプラハの「Lidové Noviny 紙」に入社して紙面の風刺漫画を担当したが、ナチズムとアドルフ・ヒトラーに対する際どい批判により、ドイツがチェコスロバキアに侵攻した1939年に逮捕・収監され、1945年4月、ベルゲン・ベルゼン強制収容所で亡くなった。カレル・チャペックはドイツがチェコスロヴァキアに侵攻し家宅捜査を受ける前年1938年に既に亡くなっている。
ドイツの隣国チェコにもナチスに屈せず創作を続けた人々がいた。

参考及び一部抜粋:「ロボット(R.U.R)」チャペック作、千野栄一訳あとがき/岩波文庫; 「山椒魚戦争」カレル・チャペック作、栗栖継訳/ハヤカワ文庫; Wロボット; Wヨゼフ・チャペック; W R.U.R

 

Tiské stěny / Tissaer Wände 〜チェコの旅9〜

カメニツェ川の渓谷下りもプラフチツェ門(Pravčická brána)も既にクリアしたことだし、どこか他の場所へ足を運んでみよう、ということで選んだのがこちら。
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メズナーからジェチーンを経由して南西に約1時間ほどのティサー( Tisá)という町。ここにはティサーの岩壁(Tiské stěny / Tissaer Wände)という自然遺産がある。この不思議な岩壁の街はティサーの北部、エルベ砂岩山地(Elbesandsteingebirge)の景観保護地域(LSG: Landschaftsschutzgebiet)の西側の延長上に位置している。
また、このティサーの岩壁はRáječke、Ostrovské stěny及び Vysoký Sněžníkと共に魅力的な観光地とクライミングスポットを形成しているそうだ。さて、ティサーの岩壁入り口付近に着いた。目指すは岩壁。
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入り口で岩壁保護に使われるという入場料を払い、目指したのは大きな岩壁の緑ルート。こちらは1から56まで名前の付けられた岩を回るルートだそう。
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「いちーっ!」何やらワクワクさせられる空間である。
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大きなトンネルがあったり、細い抜け道があったり。
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長い階段で上に登ったり。残念なことに、穴のあいた岩場がかなり汚れていたのが気になったが、それを除けば大人も子供も楽しめる自然の遊び場だ。緑のルートを最後まで回ると、反対側の入り口にも入場料を払う小屋と休憩できるレストランがあった。
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地元の小学生にも人気のスポットらしく、遠足だと思われるグループをいくつか見かけた。

レストランではお決まりのスープ、パラチンキ、豚肉とクネドリーク (knedlík)をそれぞれ注文。歩いた後は食欲も進む。お腹がいっぱいになったところで、今度は赤のルートを通って反対側の入り口まで戻ることに。
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赤のルートは岩壁の上を歩けるようになっている。
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岩の先まで行って記念撮影をしている人もちらほら。
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車を停めた駐車場が教会越しに見える。「ママ、あそこから来たんやんな。」そうそう。このティサーの壁は613mの標高があるので、岩の先まで行こうとするとかなり足元が不安になる。
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緑と赤のルートを回るのに大体3時間くらい掛かっただろうか。
本格的にクライミングができる場所もあるので、もしチェコの国立自然公園に来られた際には是非寄ってみてはいかがでしょう。

Mezná / Stimmersdorf 〜チェコの旅8〜

フジェンスコから数分バスに揺られてメズナー・ロウカに到着。公園で大人がうたた寝をしている間に子供たちは何やら熱心に遊んでいた。
起きたらスープが出来ていた。

チェコで何度か美味しいスープを飲んだからかな?

メズニー・ロウカから2キロほど歩いたところに今回の宿泊先であるアパートがある。休憩もしたことだし、ゆっくり歩いて帰ることにした。
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草原が広がっており、子供たちも大喜び。ラズベリーやブラックベリーを見つけたよ。
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ブラックベリーが甘くて美味しい。
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草むらに潜むバッタ、木の洞には蜂の巣が。
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同じ2キロの道のりでも街中と自然の中では大違いだ。
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たまにはこういう何にもないようで発見の多い自然に触れることは大事だなぁ、と思う。
IMG_3748Meznáの夕暮れ。
窓の外を見ると何もない景色が広がっている。ロシアのプスコフでも感じたが、こうやって何もないところで過ごしていると見えてくるものが必ずある。

Mezná / Stimmersdorf 〜チェコの旅7〜

翌日はMezná(メズナー)からEdmundova soutěska(エドムンド渓谷)のボート乗り場へ向かうことに。普段の日の午前中だからか、渓谷沿いのハイキングコースにはまだ誰もいない。
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昨年の夏はメズニー・ロウカ村から青いルートでボート乗り場まで歩き、Divoká soutěska(ヂヴォカー渓谷)をボートで移動したのだが、今回はメズナーから緑のルートで南下してみたら、橋を渡ったところにある案内板にはヂヴォカー渓谷及びハイキングコースが封鎖中だと表記されていた。昨晩、おじさんがチェコ語で色々と教えてくれたのは恐らくこのことだったのだろう。
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知らなかったとはいえ、妙な偶然もあるものだ。今回は短いルートでEdmundova soutěska(エドムンド渓谷)のボート乗り場へ向かうことにして良かった。
さて、このエドムンド渓谷だが、19世紀に先ほどのヂヴォカー渓谷と今では通ることのできないフェルディナンド渓谷と共にボート通行と観光のために手を加えたのだそうだ。渓谷のあるカメニツェ川はザクセン・スイスのクリニッツェ川と並んで、以前は木材運搬のために利用されていた。鮭やマスといった魚の漁もボヘミアン・スイスでは重要な位置を占めていたらしい。
少し歩くと前方に休憩所が見えてきた。
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ここにも一番乗りのようだ。前回は4歳と6歳のチームだったが、今回は5歳と7歳に。かなり歩けるようになってきたかな?
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馴染みの岩の上でパチリ。この岩、記念撮影用なのか登りやすいように足場がちゃんと付けてある。ここでしばらく休憩したら、いよいよボートで渓谷下り。櫂でボートを操る渡し守が面白おかしくガイドしてくれる。今回もチェコ語とドイツ語を交えたお話だった。
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フジェンスコに続く渓谷沿いのハイキングコースには豊かな自然がいっぱい。短いルートであれば子供の足でも十分に歩けるとても気持ちの良いところなので一度足を運んでみてはどうだろう。

フジェンスコに到着。夏場はバスが運行しているため、ここから問題なくメズニー・ロウカ村まで戻ることができた。
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8に続きます。

Mezná / Stimmersdorf 〜チェコの旅6〜

今年に入って2度目のチェコ。今回は前々回に訪れたMezní Louka(メズニ・ロウカ)から2キロほど南下したMezná(メズナー)をまず拠点にすることにした。住民が40人ほどの小さな集落である。
この集落のドイツ語名Stimmersdorf の由来は現在でも明らかになっていないが、1446年のドレスデンアーカイブに初めてこの名前が出てくるのだそう。
宿泊するアパートから少し歩いたところにあるペンション併設のレストラン。公園が絶景だった。ここがこの集落の中心に当たる。
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どうやら、レストランと公園の間の道を通ってボート乗り場に行けるらしい。川に行きたいと子供達が言うので、ちょっと行ってみることにした。
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ちょっとどころか、どんどん下へ降りて行くことに。これ、また登って戻らなくちゃいけないんだよ、トホホ。
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やはり初日から体力勝負である。子供たちはきゃっきゃとはしゃぎながら早足で降りて行く。車で5時間ほど移動した後なのに元気なものだ。河原で遊んでいると、上の遊歩道を歩いていたチェコ人のおじさんに道の向こう側を指さされチェコ語で何か言われた(翌日その理由が明らかに)ので、何となく「děkuji(ディクイ)!」とお礼を言っておいた。

それにしてもこのカメニツェ川(Kamenice)の渓谷は何度見ても美しくきれいなところだ。河原でひとしきり遊んだ後で、またダダダッと公園まで一気に登り、ブランコを漕いでいた子供たちの身軽なこと。

夕ご飯が美味しかったのは言うまでもない。チェコでよく見かけるラズベリーのレモナードで乾杯!

Pravčická brána / Prebischtor 〜チェコの旅5〜

ここまで来たら後もう少し。子供達の歩みも若干早くなる。「アイス・おにぎり・アイス・おにぎり食べたいな〜♩」
おお〜、圧巻!これはすごい。
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このプラフチツェ門は幅26,5m、高さ16m、厚さ8mの欧州で最大の天然橋なのだそうだ。以前は、橋の上を歩けたようだが現在は安全面を考慮して歩くことができなくなってしまった。1826年に建設された歴史的なホテルSokolí hnízdo(ドイツ語:„Falkennest“ 鷹の巣)内に軽食が採れるレストランが入っている。
カスパー・ダビッド・フリードリヒといった画家やアンデルセンといった作家もインスピレーションを得にここを訪れたという。
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疲れていたはずなのに、ドンドン先に登る子供達。自然(アイス?)の力は偉大なのだ。
DSC_0365プラフチツェ門を見上げながら、外でおにぎりタイム。途中で風が強くなって来たので、レストランで暖を取ることに。アイスは残念ながらなかったが、デザートにチェコのクレープ、パラチンキとドイツやオーストリアでお馴染みのアプフェルシュトゥルーデルを食べる。疲れた時のスイーツは最高!「アイス食べたかったのに〜。」(ま、そうだよな。)

甘いものでエネルギーをチャージして、前回、車で通った時に見かけたバス停を目指す。2キロほどだろうか。

まさか、バスが走ってないということはないよね!?
その、まさかです、ハイ。

有名な観光地だろうが、人の少ないオフシーズンの平日には便利な434系統のバスは運行していないらしい。仕方なく、相方がなぜかジョギングも兼ねて車を取りに行くことになった。
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その間も疲れ知らずの子供達。いやはや、森の魅力って本当にすごいなぁと思う。