ロシアのウクライナ侵攻から1年

昨年の今頃は心がざわざわとして、仕事にもなかなか手が付けられなかった。ロシアがウクライナに侵攻してからもう1年。光陰矢のごとしとはよく言ったもので、本当にあっという間に1年が経った。そして、今年も同様にソワソワと落ち着かず、家で悶々と考えていても仕方がないので2月24日に名前を「カフェ・キーウ」に変えたデモのスタート地点に向かった。

1)「カフェ・キーウ」とデモ

小雨の中「カフェ・キーウ」に集まる人々

このカフェ、実は「カフェ・モスクワ」(Café Moskau)という名前の歴史的な建造物なのだが、ここは以前スターリン通り(現カール・マルクス通り)と呼ばれていた大通りに面したカルト的なロケーションなのである。「カフェ・モスクワ」はドイツ民主共和国(DDR)とソビエト連邦の間の兄弟関係を象徴する場所だった。ここではロシア料理を楽しみ、ダンスカフェで踊り、地下のナイトバーで夜を明かすことができたわけだ。「ナターシャ」というソ連のお土産屋さんまであったらしい。また、スパイ活動の場としても人気があったのだとか。

今回、このカルト的なロケーションの改名を決めたのはコンラッド・アデナウアー財団である。ノバート・ラマート(Nobert Lammert)理事長はベルリン市に「少なくとも改名を必要とする条件が続く限り免除を延長するよう求めていた」と、2月27日に行われた「カフェ・キーウ」でのイベントで述べた。しかし、「カフェ・モスクワ」は1989年に文化財として登録されているため、実質的に長期的な名前の変更は難しいので4日間という短期間での改名になっている。

オープニングで演説するコンラッド・アデナウアー財団のラマート理事長

デモが行われたのは2月24日。小雨の降る寒い金曜日の午後4時。平日なので初めはそれほど人が集まってはいなかった。ウクライナの国旗に混じり、ベラルーシの国旗も見えた。「カフェ・キーウ」の正面にはベルリン映画祭の会場にもなっているInternationalという映画館もある。

デモ隊の行進が始まるのを待たずにアレクサンダー広場まで地下鉄一駅分を歩く。途中でSTOP WARと書かれたシュタージ関係の施設だった改装工事中の建物の前を通り過ぎる。インフォスクリーンには「今日でウクライナでの戦争から1年」という表示が出ていた。

シュタージの施設だった建物とインフォスクリーン

アレクサンダー広場まで来たところで、ふとこのまま地下鉄5番線に乗ってロシア大使館の前まで足を運んでみようと思った。大使館前に設置されているT72戦車を見ておきたくなったからだ。ブランデンブルク門駅で地上に上がると、ウンター・デン・リンデンの大通りには多くのウクライナ国旗を持った人々の姿があった。デモの終点なので到着を待っていたのかもしれない。こちらでも様々な反戦アクションがあったようだ。

2)ロシア大使館前に設置されたT72戦車とNAFOの芝犬

ロシア大使館前のT72戦車とNAFOの柴犬

戦車の周りには写真を撮るために人だかりができていた。「ん?なんだあの犬は?」この時はまだよくわかっていなかったのだが、NAFOというフェイクニュースに対抗する組織のシンボルらしい。とにかく妙に親近感を抱いてしまうキャラクターである。なぜ柴犬が戦車の上にいるんだろう。

NAFOとフェラーズ(Fellas)はウクライナの防衛のために資金を調達します。世界中のフェラーズは、ソーシャルメディア空間における偽情報と戦っています。

NAFO:The North Atlantic Fella Organizationのサイトより

気になったので調べてみると、かぼすという日本にいる17歳の柴犬が元になっているというではないか。「有名なネットミーム芝犬」というのはかぼすのことである。

有名なネットミーム柴犬の「doge」にインスパイアされた最初のフェラPFP(プロフィール画像)は、2022年5月に@Kama_Kamiliaによってコピーされました。ウクライナ戦争に関連する編集写真やミームにフェラが登場するようになると、他のTwitterユーザーがKamaにフェラの作成を依頼しました。

NAFOサイトより

KamaさんとNAFO創設メンバーはウクライナの戦争活動を支援するための寄付金と引き換えにフェラの作成を引き受けることにしたのである。NAFOは2022年5月24日にカーマ(Kama)によって作られた造語であるが、NATOを意識していることはほぼ間違いないだろう。

さて、またアレクサンダー広場へ地下鉄で戻る。と、ちょうどデモ隊に出会したので写真や動画を撮る。この日のデモではあちらこちらでウクライナの国旗が風でなびいていたのだ。

デモの参加者
アレクサンダー広場付近でのデモ隊

結局、この日は「カフェ・キーウ」の様子を見に行くだけのはずだったが、気付けば2時間以上もベルリン市内を移動しながらデモの様子を追っていた。

次回は24日のデモとその翌日25日に行われたデモ(b2502)についてまとめてみようと思う。

参考記事:Die Zeit / Lammert: “Café Moskau” sollte länger “Café Kiew” heißen



Comments

“ロシアのウクライナ侵攻から1年” への1件のコメント

  1. […] 前回の投稿では2023年2月24日にベルリン市内で行われたデモについて触れたが、今回はその翌日25日に行われた別のデモについて触れつつ、27日に行われたコンラッド・アデナウアー財団 […]

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