Amphitryon / ヘルベルト・フリッチュ監督、シャウビューネでの最後の作品

2018年2月にベルリンのシャウビューネでヘルベルト・フリッチュ監督作品der die mannを観てから、もう随分と時間が経ってしまった。

日本語補習校ですれ違った友人のたいこさんから「彼の新作にまた出るよ!」という話を聞いていたこともあり、シャウビューネのプログラムをチェックしてみるも、チケットは全て完売。

あちゃー、また出遅れたな。。とガッカリしていたら翌日、たいこさんから「友達がチケットを余分に買っちゃって1枚余ってるんだけど来る?」との嬉しい連絡が。もちろん「行くっ!」と即答して小躍り。

10月13日日曜日のプレミエだとなぜか勘違いしていたのだが、公演の日付はボヘミアン・スイスから戻る18日金曜日だった。どうか間に合いますように。

開演15分前に劇場に無事到着

そんなわけで、先日モリエールの劇曲を元にしたヘルベルト・フリッチュ監督の「アンフィトリオン」をベルリンのシャウビューネで観劇してきた。

前回よりも舞台はこじんまりとしたシンプルな作り。天井から吊られたカラフルな色の紙が舞台にフレームと奥行きを与えている。ライトも効果的に使われ、様々な表情を見せることが可能だ。

©Thomas Aurin, 2019

フリッチュ監督作品では軽快なテンポやリズムがかなり重要視されているような気がするので、シーンごとに替える必要のないセットは相性が良いのだろう。

舞台装置はシンプルだが、登場人物の衣装はゴージャスだ。

プロローグのピアノとマリンバの織りなす演奏によって、舞台の世界に自然に誘われる。フリッチュ作品では「音」や「リズム」もなくてはならない要素だ。

さて、今回の劇曲はドイツ人というかヨーロッパの人なら普通に知識として持っているギリシア神話がモチーフになっている。

美しいアルクメーネーとの結婚初夜の後、戦争へと旅立つアンフィトリオン。ジュピターはアルクメーネーの美しさに魅了され、アンフィトリオンに化けて地上へと降りてきた。ともに連れてきたマーキュリーは、アンフィトリオンの使用人「ソジー」に姿を変えた。戦場で戦っていたアンフィトリオンは大活躍し、それを知らせるためにソジーを家へ向かわせた。ソジーは、彼そっくりに変身しているマーキュリーによって迎えられたが、彼にぶちのめされ、マーキュリーこそが「本物のソジー」であると納得させられてしまう。本物のアンフィトリオンは、アルクメーネーと再会するが、当然状況が呑み込めないので困惑し、さらに情事があったことを知ってショックを受けてしまう。

アンフィトリオン(劇曲)

予習を全くしないで行ったのだが、今回の舞台はセリフが韻を踏んでいるせいか、一言一句を理解するのはハードルが高かった。喜劇という性格もその理由だろう。冗談を外国語でというか頭で理解するのは難しい。

©Thomas Aurin, 2019

とはいえ、アンフィトリオンの本物と偽物、ソジーの本物と偽物の一騎打ちやそれぞれのパートナーとのちぐはぐなやりとりなどがテンポよく交わされ、かなり楽しめる作品になっている。

とにかくフリッチュ監督のコアメンバーによるどこまでがアドリブでどこまでが計算された演出なのかわからぬドタバタ劇には参ってしまった。一人一人の役者の持つ技術とエネルギーがとにかくすごい。

驚いたことに、もしかするとこの作品Amphitryonが彼のシャウビューネでの最後の作品になるのだとか。ウィーンのブルグ劇場から新たにアンサンブルに加わったソジー役のJoachim Meyerhoffが少し気の毒になる。

今年の公演分は完売になってしまっているが、当日券なども出るかもしれない。来年の2月にも公演があるそうなので、機会があれば是非足を運んでみては。

»Wer bin ich? Ich muss doch schließlich auch was sein.«

とは普遍的なテーマである。

タイトル写真©Thomas Aurin, 2019

Neuer Intendant der Volksbühne / 劇場総監督交代

2017年のフランク・カストロフ時代の終焉から早2年。ベルリンのフォルクスビューネの劇場総監督はこの2年間で目まぐるしく交代した。

フランク・カストロフ(Frank Castorf)→クリス・デルコン(Chris Dercon)→クラウス・デュル(Klaus Dürr)→?

クラウス・デュルは次の劇場総監督が決定するまでの期間、あくまで代理としてポストに就いたのだがその後、劇場総監督に関するニュースは全く目にすることがなかった。

しかし、先日とうとう正式に新劇場総監督が決まったとのニュースが流れてきた。

劇作家で監督のレネ・ポレッシュ(René Pollesch)である。ポレッシュは2001年からフランク・カストロフ率いるフォルクスビューネで劇作家および監督として従事していた。

ポレッシュの代表作としては、2012年の”Kill your Darlings”が挙げられる。

2001年から2007年までフォルクスビューネ内にある小劇場Praterの責任者を務め、シュトゥットガルト、ハンブルク、チューリヒといったドイツ語圏の大きな劇場で演出を手がけた。

ベルリンではドイツシアター(Deutsches Theater, DT)で2019年1月末に”Black Maria”を初演している。DTでは来シーズンに2つの新作が予定されている。こちらも要チェックだ。

フランク・カストロフが2017年に退陣し、クリス・デルコンが劇場総監督に就任するも、2018年4月に退くという異例の事態に。それ以降、クラウス・デュルが新たにポストに就いたが、2019年2月の時点では2020/2021のシーズン終了までが任期となっていた。

それだけに重責を担うポストなのだろう。レネ・ポレッシュ率いるフォルクスビューネの今後に注目したい。テレビの取材嫌いのレネ・ポレッシュ。

rbbのインタビューに答えのはシャウビューネの芸術監督を務めるオスター・マイヤー(Oster Meier)だ。「レネ・ポレッシュがフォルクスビューネを率いることで西側のシャウビューネと東側のフォルクスビューネのバランスが保たれると思う。とても嬉しく思っている。」と言った歓迎の言葉を述べている。

ツイッターで記者会見の映像が流れてきたので、シェアするためにここに貼っておこう。

参照:rbb: Kultursenator bestätigt René Pollesch als neuen Intendanten

タイトル写真:©ZDF

Räuberrad ist längst zurück / フォルクスビューネのシンボル

フォルクスビューネの正面に設置されていた同劇場の非公式シンボルである「足のついた車輪」が2018年の秋に元の場所に帰ってきた。

Räuberradはフリードリヒ・シラー「群盗」上演の際に作られたシンボル で「反抗的で扇動的」な劇場人のために、という意味が込められて制作されたものなのだとか。

直訳すると、「群盗車」だが、わかりにくいので勝手に「足のついた車輪」と呼ぶことにする。

アレクサンダー・シェールとOSTのロゴ

カストロフの任期中に慌てて観に行った「偽善者の企み。モリエールの生涯」。公演中にこれまで劇場の屋根の上に設置されていたOSTの看板が演出の一環として外されたのにも驚いたが、最終公演の日には劇場前のシンボルが引き抜かれようとしていたようだ。

これらのアクションも方針の違う新劇場監督クリス・デルコンに対する劇場側の意思表示だったと思うが、撤去された車輪はそのままフランスのアヴィニョンで開催された舞台芸術フェスティバルに合わせて「亡命」していたらしい。

アヴィニョンで設置中の「足のついた車輪」

世界最高の舞台芸術フェスティバルとして、スコットランドのエディンバラ、オーストラリアのアデレードと並ぶ、フランスのアヴィニオン・フェスティバル。

このフェスティバルを始めたのは俳優で演出家のジャン・ヴィラール(Jean Vilar)。1947年に支配人を兼ねていた国立民衆劇場 (Théâtre National Populaire)で夏に野外演劇をしないかと提案され、その提案に乗ったのが始まりだ。

ヴィラールもフォルクスビューネのカストロフと同様、ファシズムやモラルの破綻に長年晒された戦後、一般市民に開かれた演劇を目指していた。もしまだヴィラールが生きていれば、フォルクスビューネのシンボルの「亡命」を喜んだことは間違いないだろう。

そんな縁もあり、カストロフは任期期間中に行われた最後のフランスでの客演に合わせて、「足のついた車輪」を引っこ抜き、三等分してトラックにひょいっと積んで持って行ってしまった(所有者のベルリン市との合意の元に)。

フェスティバルが終わった後はどうなるのか?とメディアでもとりあげられたが、客演後には引っこ抜いた時に壊れた足や錆びた部分などがベルリンのオーバーシューネヴァイデ(Oberschöneweide)にある金属会社にて修復された。

「足のついた車輪」はこうして見た目はそれほど変わらないが、必要な部分に修復が施され、一年後に再びフォルクスビューネの正面広場に戻されたのである。

見慣れた街角の風景がまたひとつ失われた、と意気消沈ものであったが、帰ってきたというニュースを見つけた時は本当に嬉しかった。

街の人たちに愛されているシンボルを簡単に撤去してしまわないで欲しい、と心から思う。ベルリンの広告塔も残せるものなら残して欲しいものだ。

参考記事:Der Tagesspiegel / Das Räuberrad ist im Exil angekommen
Das “Räuberrad” blieb standhaft

No Problem / Nur Probleme

久しぶりのフォルクスビューネ。
IMG_5431 2 (1)
劇場の中に足を踏み入れて驚いた。開演10分前だというのにいつもの活気がない。バーやフロアでガヤガヤと立ち話に花を咲かせている人々がいない。ホール入り口付近で開演を待ちわびて行列を作っている人々の姿もない。
そして、いざホールに入って2度びっくり。幕も降りていて、きちんとした普通の劇場に様変わりしていたからだ。カストロフのフォルクスビューネは観客席を取っ払い、コンクリートを敷いて傾斜を付け観客はそのまま直に座ったり、長時間公演の際はビーズクッションを敷き詰めて客席にしたりと観客席も含めたホール全体が舞台装置になっていた。
「ここってこんなに狭くて窮屈だったっけ!?」というのがデルコンのフォルクスビューネに対する第一印象だ。
開演5分を切ったところで、間違いなくカストルフ時代からフォルクスビューネにいたと思われるモヒカン頭の劇場の女性スタッフが「自由に席を移ってください。後列の方は前に移動してください。」と後方の観客に声を掛けた。そのくらい空席が目立っていたからだ。前の方に詰めて、やっと前から8列目くらいまでが埋まるくらいだろうか。

スクリーンショット 2018-05-06 15.03.41
Nicht Ich. Szenenfoto, Volksbühne Berlin 2017. Foto: David Baltzer

さて、ベケットの三部作。1本目のNicht Ichでは、演出効果のため非常灯を含む全ての照明が落とされ、文字通り真っ暗闇の中、虚空にぽっかりと浮かぶ真っ赤な口がかなりのスピードでモノローグを紡ぎ出していくというスタイル。
ドイツ語のテンポが速いのと、演出なのだろうが途切れることなく延々と続くモノローグ、視界に入るものは暗闇に浮かぶ口ばかり。変化がないので途中でモノローグを理解しようと努力することを放棄してしまう。内容はある女性の過去とそれに伴うトラウマのようなもの。
スクリーンショット 2018-05-06 22.07.13
  Anne Tismer in “Tritte” an der Berliner Volksbühne © David Baltzer

 
2本目のTritte。舞台は相変わらず暗いままだが、白のドレスで身を包んだ俯き加減の女性ひとりによって、舞台の前方を9歩進んでは折り返し、また9歩進んでは折り返すという動作が延々と続けられる。彼女は自身の中にふたつの声を持っており、どうやらそれは年老いた母とその娘らしい。
3本目のHe, Joの囁きかけるようなペースダウンした女性の声で意識が遠のいてしまった。
ベケット作品の人物は何かに囚われている。過去に囚われている女性に、出口のない状況を自分の頭の中に作り上げている女性。そして、トラウマを抱えているのであろう男性。声には抑揚がなく、全体的なトーンも暗い。
正直に白状すると、シアターで寝落ちしたのはこれが初めてだった。
なぜか?もちろん、ドイツ語の理解力の問題もあるとは思うが、一貫して観客を置き去りにする演出にその理由があるのではないか。デルコン氏がプログラムに敢えて反カストロフ的な作品を持って来たのかどうかは知る由もないが、あの巨大なシアター空間を敢えて真っ暗にすることで、フォルクスビューネ独自の空間の広がりを消し、登場人物はたったひとり。舞台上でのダイアログすらなく、一方的なモノローグのみで観客とのインターアクションなども論外な演出だったのだから。
ベケットの三部作を観れたのは別として、フォルクスビューネでなくとも、例えばギャラリーのビデオインスタレーションとしてでも良かったのではないか。特に1本目はヘッドフォンをしながら映像を見る方がもっとセリフがダイレクトに入ってくるように思えた。
とまあ、この日は70分ほどであっさり終わった上演に半ば拍子抜けして劇場を後にしたのだった。あの妙にワクワクさせられる一体感に覆われていたフォルクスビューネが懐かしい。
 

der die mann / シャウビューネでの観劇

ドイツ、というかベルリンにもう随分と長く住んでいるが、ずっと敷居の高かったもののひとつにシアターでの観劇がある。

家の近所にフォルクスビューネがあるのにもかかわらず、ずっと理解できないに違いないという思い込みで、敷居を跨げずにいた。

そんなわけでカストロフ監督作品も彼の退陣間際に慌てて数本観ただけでカストロフのフォルクスビューネはあっさりと幕を閉じてしまった。

自分のアンテナに引っかかったものは、あれこれ考えずに観たり聴いたりしたほうが良い。まさに思い立ったが吉日、である。

さて、そんなフォルクスビューネの総監督退陣について調べていた時に気になった人物がもう一人いる。

ヘルベルト・フリッチュ(Herbert Fritsch)だ。2007年にフォルクスビューネの所属を離れてからは、主に演出家として活動しているが、カストロフ作品でも重要な役を演じていたらしい。

このインタビューにおける、彼のフォルクスビューネやベルリンという街に対する思い入れにガツンと来て、彼の演出作品を観てみたいと思っていた。

そんな話を何気なくしていたところ、なんと知人が彼の監督作品に出演していることが判明。その知人からシャウビューネでのder die mannの公演情報を聞き、チケットの手配までしてもらえることになった。何でも口に出して言ってみるものである。

der die mann、ちょっと訳しづらいタイトルだが、この作品はフリッチュがフォルクスビューネで役者をしていた頃にコンラッド・バイヤー(Konrad Bayer: 1950年代にウィーンで発足した実験的な文学サークルの代表者)をテーマにしたソロ・シアターの夕べのために創ったものである。

スクリーンショット 2018-02-04 15.03.36
ⓒThomas Aurin

この作品には、畳み掛けるような言葉のビートや、ダダイズム的なエッセンス、役者のコミカルでダイナミック、かつ繊細な動作を導く音楽が散りばめられており、「ドイツ語」が理解できなくても言葉の持つ音の響きや間など、感覚で楽しめる要素がここそこに溢れている。目で観て耳で聴いて、純粋に心から楽しめる作品ではないだろうか。

ヴェルト紙にセリフの一部が紹介されていたので、参考までに載せておこう。

Man merkt schon, das ist alles nicht so leicht zu beschreiben. So wie die Texte auch nicht nur nicht leicht, sondern überhaupt nicht zu verstehen sind: „und karl verzichtet auf karl“, heißt es einmal, „und karl und karl wird da zum vorläufigen karl ernannt. da nennt karl karl karl. ein karl entspinnt sich. karl entpuppt sich als karl und karl entschliesst sich karl bei karl zu lassen und lässt karl bei karl doch karl lässt karl nicht mit karl bei karl und entschliesst sich karl nicht bei karl zu lassen wenn karl mit karl bei karl bleibe.“

WELT / Fliegende Gummipuppen auf tollkühnen Showtreppen
スクリーンショット 2018-02-04 15.05.11
ⓒThomas Aurin

それはそうと、この作品に出演しているアンサンブル、歌えて踊れて笑いも取る、という鬼才の役者さん揃いなので、一見の価値あり。4名のder die mannオーケストラの紡ぎ出す音も素晴らしいので是非。

タイトル以外の写真はこちらから借用しました:https://www.welt.de/kultur/theater/article137668467/Fliegende-Gummipuppen-auf-tollkuehnen-Showtreppen.html

"Doch Kunst" / ベルリンとシアターの関係

9月からクリス・デルコン率いる新生フォルクスビューネが始動した。一筋縄では行かないだろう、と予想はしていたが仕事で朝ホテルに向かう途中、ふと劇場の入り口付近を見るといつもより人だかりが多い。
IMG_4097
正面入り口の上には青い横断幕、「DOCH KUNST」(やはりアートだ。)の文字。
と、ここまで書いて放置していたが、仕事も一段落したので続きを。
結局、このフォルクスビューネの平和的占拠は警察の介入で9月22日から29日までの1週間ほどで終わってしまったようだ。
アクションを起こしたのは芸術家集団「Staub zu Glitzer」(ダストから宝石を)。広報担当はフォルクスビューネの総監督に就任したクリス・デルコン個人やそのチームに向けた運動ではないこと、暴力やアグレッシブな行動からは距離を置いていることをプレス発表の際に改めて強調した。
しかし、何よりも今回の争点になっているのはデルコンの示すフォルクスビューネの方向性に反発する「反ジェントリフィケーション」のようだ。
スクリーンショット 2017-10-03 17.03.04
ローザ・ルクセンブルク・プラッツのフォルクスビューネは彼らのようなアクティビストや一部の市民にとって、ベルリンの至る所で加速中のジェントリフィケーションや文化のマーケティング化、企業誘致、社会からの排除などに反対表明をする「最後の砦」のような意味合いを持つシンボリックな場所なのだろう。
IMG_4098
95年からベルリンの変化を身をもって体験している者としては、彼らの主張は「そうあるべき」至極当然のものだ、という反面、時代の素早い変化について行けないと感じる人々の叫びなのかもしれない、という考えもどこか拭いきれない。
ベルリンの街も私自身も、これまで自分たちが参加して街づくりをしてきたと自負する昔からベルリンに住んでいる誰もが日々の生活の中で時代や街の変化を肌で感じ、多かれ少なかれ違和感や葛藤を抱いているのかもしれない。
10月3日のドイツ統一記念日に、そんなことを考える。
西ドイツと東ドイツ、西ベルリンと東ベルリン。物理的な壁は消滅したが、頭の中の壁はまだまだそこに存在しているだろうし、その壁がこれからのドイツの行方を大きく左右する要因のひとつになることは間違いないだろう。それは先月24日の選挙結果からも明らかだ。
ベルリンという「壁」の存在した特殊だった街も、時間とともにパリやロンドンといった欧州の普通の一都市に並ぶ日もそう遠くはなさそうだ。それでも、フォルクスビューネのような地元民のコミュニケーションのハブである「最後の砦」は残した方がこの街のためになるはずだ。
そして、今日もフォルクスビューネ前の広場で夕方から野外コンサートが行われるんだとか。

Die Castorf-Ära ist vorbei / カストロフ時代の終幕

昨日、2017年7月1日の公演をもって、カストロフ率いるフォルクスビューネの幕が下りた。
ストリートフェスなども企画されていたようだが、それには行けなかったため、一晩明けた今日、フォルクスビューネ周辺の様子が気になっていたので足を運んでみた。
DSC_0630
なんと「!」の垂れ幕がちょうど撤去された後だった。。これで、「OST」も「!」も足のついた車輪のロゴもなくなってしまったわけだ。
DSC_0634
誰が設置したのかは定かではないが、足のついた車輪のシンボルがあった場所に真っ黒な柱とその上に小さなオレンジ色のシンボルが刺さっていた。そして、その脇には壊れたマネキンとANFANG(始まり)の文字が。
DSC_0635
曇天が似合う不吉なオブジェか。誰の手によるものなのだろう?
DSC_0646
ん?何だこの椅子は?ちょうどいいところに椅子がある。ご丁寧に鍵まで掛かっている。
DSC_0644
椅子に上るとWIR WERDEN EWIG LEBEN!「我々は永遠に生きる!」の横断幕が見える憎い演出!?誰が仕掛けたのかは不明だが、とにかく粋な計らいである。

建物の右手にある書籍コーナーはまだ寂しそうにポツンと残っていた。そこにもWas bleibt「何が残る」やMusst bleiben!「残るべきだ!」などのメッセージが。
DSC_0648
こちらはAlexander ScheerのポスターとMUSST BLEIBEN!のメッセージ。
DSC_0651
建物の側面にはMACH DOCH!「勝手にしろ!」この訳が適切かどうかはわからないが、次期総監督デーコンへの当てつけだろうか。
DSC_0647
そして、フォルクスビューネの入り口には花が添えられていた。
どちらにせよ、カストロフと彼率いる俳優陣との壮絶な舞台を簡単に観ることが出来なくなってしまったのはとても残念なことだ。

「演劇というのは、ある空間の基底性のなかに置かれた身体と言葉が、その場特有のメッセージを出すことなんですね。逆を言えば、あるメッセージを観客に向けて発するのに有効な空間を発見する、それが演劇なんです。」演出家の鈴木忠志さんのこの言葉はカストロフのVolksbühneで感じたまさにそれだ。

時期総監督デーコンの胸中も計り知れないが、これほどのプレッシャーの中でどのように今後のフォルクスビューネの舵取りをしていくのかとても気になる。まずはその手腕を拝見するとしよう。
ただし、デーコンの「フォルクスビューネ」に足を踏み入れることはないだろうけれど。
最後にrbbのAbendschauのリンクを貼っておくのでご参考までに。
https://www.rbb-online.de/abendschau/archiv/20170701_1930/Volksbuehne.html

Volksbühne am Rosa-Luxenburg-Platz / カストロフ退任とフォルクスビューネの行方

「偽善者の企み。モリエールの生涯」 ミハイル・ブルガーコフより

今、見ておかないといつになるかわからない。5時間15分という長丁場と予備知識のかけらもない演目に気圧されしつつ、まだ残席の残っていた上記の劇を観に行く事にした。

カストルフは恐らく天才なのだろうし、役者も個性派揃いで素晴らしい。余りのレベルの高さに5時間はあっという間に過ぎてしまっていた。

好みはあるだろうが、「東」好きの私にはピッタリはまった気がする。そこで、前々から色々と疑問も多かったフォルクスビューネについて少しまとめてみようと思う。

フォルクスビューネ・アム・ローザ=ルクセンブルクプラッツ。ベルリンに住んでいる人であれば、足のついた車輪のロゴを見るとピンと来る人も多いのではないかと思う。

IMG_2672
フリードリヒ・シラー「群盗」上演の際に作られたシンボル / 「反抗的で扇動的」な劇場人のために

この劇場は、ベルリンミッテ地区のローザ・ルクセンブルク広場に本拠地を構えている。ポーランドに生まれドイツで活動したマルクス主義の政治理論家、哲学者、革命家であるローザ・ルクセンブルクに因んだ広場を敢えて名前に採用しているのも、いかにもこの劇場らしい。

フォルクスビューネの歴史を振り返ると、その発端は労働者教育の一環として、労働者にも定期的に観劇できることを目的として設立されたドイツの観客動員組織だったことがわかる。

社会主義労働運動と呼応して1890年に自由民衆シアター(Freie Volksbühne)が発足。1914年には会員の寄付によって自前の劇場を持つようになり、ピスカートルが首席演出家となって社会主義革命を呼びかける演劇の推進に努めた。

ナチス時代には活動停止を余儀なくされるが、終戦後に再び活動を再開する。旧東ベルリンでは劇場が残ったが、観客組織は解消した。

ドイツ統一後、ベルリンの演劇界は例にもれず大きく変化するが、東ベルリンに本拠地を持っていたフォルクスビューネは、東西ドイツ統一後、1992年に旧東ベルリン出身の演出家フランク・カストロフが劇場監督に就任する。

IMG_2663

フォルクスビューネの建物の上にOST(東)と掲げられているように、東ドイツの伝統や思想を引き継ぐという態度表明をしているかのようだ。この「東」的というのは、西側の資本主義、今日のグロバリゼーションの流れに批判的に対峙する、といった意味合いも含まれているに違いない。

このような反骨精神溢れるパンクな劇場だったわけだが、ベルリンという街自体がそうであるように、とうとう路線変更を迫られる時が来たようだ。

IMG_2662

カストロフが今季限りで退任し、次期劇場監督に決まったのがベルギー人のキュレーター、クリス・デーコンである。カストロフの後がまに据えられるプレッシャーは計り知れないほど大きいはずだ。それでもデーコンに舵取りを期待するしかないのだろうが、既に昨年の6月にフォルクスビューネの劇団員らが公開書簡でベルリン市へ契約の白紙撤回を求めている。納得のいかない決定にはとことん対抗するのもドイツ流である。

どちらかというと、無骨で地元に根付いた劇場文化が、営利主義のスタイリッシュでモダンなただの「エンターテイメントの箱」に成り下がってしまうのだろうか。

劇場の上に掲げられている”OST”のサインも「歩く車輪」のオブジェ、ロゴもカストロフ退任後には姿を消してしまうらしい。

ベルリンの本来もつ味というか「らしさ」が様々なジャンルで失われつつあるのは寂しい限りだ。
DON’T LOOK BACK.
フォルクスビューネの今後に注目したい。