"Doch Kunst" / ベルリンとシアターの関係

9月からクリス・デルコン率いる新生フォルクスビューネが始動した。一筋縄では行かないだろう、と予想はしていたが仕事で朝ホテルに向かう途中、ふと劇場の入り口付近を見るといつもより人だかりが多い。
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正面入り口の上には青い横断幕、「DOCH KUNST」(やはりアートだ。)の文字。
と、ここまで書いて放置していたが、仕事も一段落したので続きを。
結局、このフォルクスビューネの平和的占拠は警察の介入で9月22日から29日までの1週間ほどで終わってしまったようだ。
アクションを起こしたのは芸術家集団「Staub zu Glitzer」(ダストから宝石を)。広報担当はフォルクスビューネの総監督に就任したクリス・デルコン個人やそのチームに向けた運動ではないこと、暴力やアグレッシブな行動からは距離を置いていることをプレス発表の際に改めて強調した。
しかし、何よりも今回の争点になっているのはデルコンの示すフォルクスビューネの方向性に反発する「反ジェントリフィケーション」のようだ。
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ローザ・ルクセンブルク・プラッツのフォルクスビューネは彼らのようなアクティビストや一部の市民にとって、ベルリンの至る所で加速中のジェントリフィケーションや文化のマーケティング化、企業誘致、社会からの排除などに反対表明をする「最後の砦」のような意味合いを持つシンボリックな場所なのだろう。
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95年からベルリンの変化を身をもって体験している者としては、彼らの主張は「そうあるべき」至極当然のものだ、という反面、時代の素早い変化について行けないと感じる人々の叫びなのかもしれない、という考えもどこか拭いきれない。
ベルリンの街も私自身も、これまで自分たちが参加して街づくりをしてきたと自負する昔からベルリンに住んでいる誰もが日々の生活の中で時代や街の変化を肌で感じ、多かれ少なかれ違和感や葛藤を抱いているのかもしれない。
10月3日のドイツ統一記念日に、そんなことを考える。
西ドイツと東ドイツ、西ベルリンと東ベルリン。物理的な壁は消滅したが、頭の中の壁はまだまだそこに存在しているだろうし、その壁がこれからのドイツの行方を大きく左右する要因のひとつになることは間違いないだろう。それは先月24日の選挙結果からも明らかだ。
ベルリンという「壁」の存在した特殊だった街も、時間とともにパリやロンドンといった欧州の普通の一都市に並ぶ日もそう遠くはなさそうだ。それでも、フォルクスビューネのような地元民のコミュニケーションのハブである「最後の砦」は残した方がこの街のためになるはずだ。
そして、今日もフォルクスビューネ前の広場で夕方から野外コンサートが行われるんだとか。

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