Puppentheater Firlefanz / 人形劇場

“Firlefanz”とは英語ではfool around、「ふざける」といったような意味だ。今日はそんな名前を持つ近所の小さな人形劇場について少し。
毎年、クリスマスが終わり年越しを迎えるまでの数日間、予定がぽっかりと空いて子供たちとのイベントを考えることが多いのだけれど、昨年末は久しぶりに徒歩圏内にある人形劇を観に行くことにした。
このFirlefanz人形劇場はミッテ地区のハーケッシャーマルクト(Hackescher Markt)に近いソフィーエン通り(Sophienstr.)にあるこじんまりとした劇場だ。
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この劇場はハラルド・プロイス氏によって1982年に創立された。東独時代の東ベルリンということになる。この日、観たのは「カスパールの結婚」であったが、このお話がこの劇場で初上演されたのがちょうど35年前だったらしい。特に思い入れの強い作品なのだろう。年末に必ず上演されているのだとか。
通りに面したドアを開けると、すぐそこが小さな劇場スペースになっていて少し面食らうが奥に進むとチケット売り場とスナック類が販売されているコーナーが設置されていた。
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そう、チケットや売店での販売から、1時間強に及ぶ人形劇を全てハラルドさんがひとりでこなすのだ。チケットは電話で予め予約するシステムになっている。
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こじんまりとはしているが、ユーモア溢れた人形劇は子供も大人も楽しめる。子供向けの人形劇から夜には大人向けの人形オペラも上演されているそうなので、機会があれば是非足を運んでみて欲しい。
手作り感溢れるとても心地よい空間がノスタルジックな感情を湧き起こす。
次に行くときは「魔笛」を観ようか、と子供たちと約束をした。
「カスパールの結婚」はハッピーエンドでまさに年末にふさわしい「終わりよければ全て良し」な展開だった。あいにくクリスマス直後の無茶なタイミングで新年早々の撮影コーディネートの話が入ってしまいこのブログ更新が滞ってしまっていたが、無茶なロケも終わってしまえば「終わりよければ、、」ということで、この話はここでおしまい。
*タイトル画面のカスパールとグレーテルの写真はHPより

Sparziergang / 元旦の散歩より

今年も平穏にベルリンで家族共々、新年を迎えることができた。
昨年の12月以降、ニコラウス、クリスマス、大晦日の花火で変なテンションになっている息子と比較的平静な娘を連れて相方が公園に行ってくれた2時間弱、仕事を片付ける。
お昼にはお節料理もなければ、お雑煮すらなかったが、関西風のうどんをささっと作り枝豆を茹でて簡単に済ませた。外で思い切り身体を動かして来た子供たちはそれでも美味しそうに喜んで食べる。
とまあ、日本のお正月の情緒のかけらもなく元旦を迎えたわけだ。
さて、去年から恒例になっている初詣ならぬ初散歩。日本で新調したカメラを片手にぶらっとひとりで散歩に出た。
家からすぐの公園で何やらオレンジ色の集団が盛り上がっている。「また大晦日の花火大会の余韻かなぁ。煩わしい。」と思いつつも公園に向かってみる。
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何やら様子が違う。よく見るとBSRのオレンジのベストを着用している人が多い。「ドイツで公園掃除なんてまさかぁ!」なんて思ってよくよく見てみると、本当にそのまさかであった。

一人の男性に話を聞いてみると、どうやらBSR(die Berliner Stadtreinigung/ベルリン市清掃局)とのコラボで掃除用具を提供してもらいボランティアを募って公園の大掃除をしたらしい。「私たちはB/C=Berlin Connectという共同体(Gemeinde:教区民)なのですが、何か貢献できることはないかとBSRに提案して今回のアクションに繋げたんですよ。1時間くらいできれいになりましたね。」
えらい!やればできるじゃないか!ドイツというかベルリンの公共マナーはどちらかというと決して褒められたものではないからだ。
日本では近所の住人がボランティアで、それこそ頻繁に児童公園を掃除しているのを見かけるが、ドイツで公共の場をボランティアが掃除する、というのは今までに耳にしたことも現場に居合わせたこともなかったので驚いたというわけ。
サイトを見たところ、どうやらマルチリンガルの教会コミュニティーのようだ。ミッテやプレンツラウワーベルクの英語圏コミュニティーがますます拡大している証拠でもあるような気がした。
さて、そんな彼らのアクションのおかげで公園内には花火の燃えかすがひとつも落ちておらず、年明けの散歩を気持ちよくスタートすることができた。素晴らしい。
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こんなにきれいな状態の公園も逆に珍しいのではないか。比較として近所の歩道近辺の様子を撮影したものがこちら。
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誰も花火をした後、ゴミを持ち帰ろうとしないのである。こればっかりは何年住んでもわからない謎だ。そうかと思えば、気の早い人が既にクリスマスツリーを路上に出しているのにも遭遇する。こちらは不法投棄ではなく、BSR管轄の慣例なのでご心配なく。気になって調べてみたところ、BSRによる回収日が地区ごとに設定されているようだ。
ミッテ地区は1月9日と16日、プレンツラウワーベルク地区は11日と18日。明らかにフライングである。
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それはそうと、初詣代わりに近くのツィオン教会に足を運んだので、その様子を。この教会に来るのが元旦の定番になりつつある。日本に帰ると必ず奈良の春日大社に足を運ぶようなものだ。
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教会繋がりの出来事に出会えた元旦の散歩になった。神社でも教会でも神聖で静かな場所に来るとやはり心が落ち着くものだ。
良い一年になりますように。

Weihnachtsmarkt / クリスマスマーケット

去年の12月19日にベルリンのクリスマスマーケットでテロがあった。あれから、もうすぐ1年が経つ。
今年も人混みは極力避けよう、と思っていたが息子のキタのお友達が「一緒にクリスマスマーケットに行きたい。」と言ってくれたので、息子のためにも近所のクリスマスマーケットに足を運ぶことになった。
今日は第二アドベント。約束の時間まで間があったので、娘のリクエストに相方が答えてフルーツのチョコがけを作ることになった。

先週の第一アドベントは体調を崩していて、クッキー作りの写真が撮れなかったが、今週のチョコがけフルーツ作りはこんな感じ。子供達は真剣そのもの。フルーツをカットして串に刺し、湯煎して溶かしたビターチョコレートを刷毛で塗って、アラザンやカラーチョコなどでトッピングすれば出来上がり。思いのほかたくさんできたので、キタのクリスマスカフェに持参することにした。
チキンスープで軽くお昼にした後、ピリリと寒い中、徒歩で15分くらいのKulturbrauerei「文化醸造所」へ。ここは以前、ビール醸造所だった場所に映画館やシアターなどを集めた総合文化施設である。暗くなる前に行けば、そんなに混んでないだろうと14時に落ち合う。
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それでも第二アドベントなので、既にかなりの人で賑わっていた。
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ドイツの冬は暗いが、クリスマスの飾り付けやクリスマスマーケットの灯りを見ると、これはこれで情緒があって悪くないなぁ、と思う。ただ、この日は気温が零度近くまで下がり風も冷たく、アトラクションの列やクレープ屋台の列で並んでいると、相当寒かった・涙

子供達も念願のジャンプロープ(?)初挑戦。こちらも待ち時間はなんと約30分。泣ける。
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結局、マーケットで約2時間ほど過ごし、身体は芯から冷えてしまったが子供達は満足そうだった。ここの混雑ぶりを見る限り、ベルリンの住民が特にクリスマスマーケットに行くのを自粛しているような雰囲気は微塵も感じられないし、恐らくそれでいいのだろうと思う。
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つい先日もポツダムのクリスマスマーケット付近での爆発物が見つかったそうだし、シャルロッテンブルク宮殿付近で銃弾が発見されたというニュースなどもあったが、どちらもテロではなかったらしく大事には至っていない。
市民が無事にクリスマスを迎えられることをただただ望むばかりである。
追記:先週末に訪れたKulturbrauereiのクリスマスマーケットで本日、12月15日の金曜日に不審なリュックサックが発見されたことで、21時に1時間早く閉鎖されてしまったそうだ。警察によると、不審物は特に危険性のないものだったということだ。
暗いドイツの冬を乗り切る為の市民のささやかな楽しみを奪わないで欲しいと心底思う。
参考記事:https://www.rbb24.de/panorama/beitrag/2017/12/lucia-weihnachtsmarkt-kulturbrauerei-abgesperrt.html @rbb24

ベルリンのカフェ〜Cafe Komine

Que serait une vie sans gâteau

いつもはあまり足を運ぶことのない、西ベルリン。西側に住んでいる知人の薦めもあり、去年の12月にオープンしたというCafe Komineに行ってみました。
場所はベルリンで一番大きなデパートKDWの裏手の静かな通りにあります。こじんまりとした落ち着きのある店構えです。少し早く着いたのでオーナーのこみねさんと一言、二言交わしてみました。

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一度は6年ほど住んでいたベルリンを離れ、日本に戻られたんだとか。最初は煩わしかった日本での生活が楽になってきた頃、「これではベルリンに2度と戻れなくなる。」と思い、また日本を離れベルリンに戻られたのだそうです。自分のやりたい事を追いかけて、行動に移せる方なんでしょうね。今回は詳しい経緯まではお話できませんでしたが、なかなか面白い経歴をお持ちのようです。

そんなオーナーの繊細で美しいケーキがショーケースにきちんと並んでいました。よく見ると、ケーキの横に分かりやすく図解されたカードが添えられているのに目が留まります。

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左奥に抹茶シュークリーム

ドイツ人には馴染みのないケーキもあるため、質問されることが多く説明カードを添えることにしたのだそうです。例えば、モンブランだと、クッキー地の上にカシスの層と生クリームの層があり、それがマロンクリームで包まれていることが一目でわかるようになっています。

日本人のお客さんは傾向として、まずモンブランか抹茶シュークリームで悩むのだとか。私も全くその通りでした。今度は是非、抹茶シュークリームを食べてみたいですね。

ケーキの上にちょこんと飾られているお店のロゴ入りカードにはQue serait une vie sans gâteau?という文字が。英語で言うところの、No Sweets, No Life。「お菓子のない人生なんて」という意味だそうです。
皆さんも是非一度、足を運んでみてください。

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Mauerpark 壁公園での昼下がり

先週の日曜日も留守番の長男と近所の散歩に出掛けた。元旦の散歩で日曜日にツィオン教会の塔に上れることが分かったので、まずは教会を目指す。ただ、この日は残念なことに塔には登れなかった。
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さあ、どこへ行こう?「なんか食べたい。」というすぐ小腹の空く長男の要望で、まずアコーナ広場のフリーマッケットへ行ってみた。が、ソーセージの屋台しかなく、さらにその先にあるマウワーパーク(壁公園)まで足を運ぶことにした。家からそれほど距離はないが、最近はなぜか足が遠のいていた。久しぶりのマウワーパークに隣接したフリーマーケットはかなりの人出があった。観光客の数もここ数年でずいぶん増えているようだ。
「美味しいものないかな〜。」とフリーマーケットをウロウロ。クレープの屋台があったので、そこでシナモンシュガーのトッピングされたクレープを買って公園まで食べ歩き。

公園まで行くと、地面がまだ凍結していて長男は大喜び。

急な坂やブランコにもテンションが上がる。

それに、この日は少し寒さの緩んだ日曜日ということもあり、色んな人がそこここで好き勝手なことをしていた。そう言えば、昔からゆるーい場所だったなぁ。ここに来ると、ベルリンには本当に色んな人種が住んでいるな、とある意味感心させらる。ブラジルから来たという、ラッパーの前でずーっと動かず凝視していた長男。
このご時世に壁建設だなんて、どんだけ時代錯誤なんだ、と思わせる壁公園の昼下がり。
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ベルリン・ミッテの散歩道(3)

前回の続き。公園の側にあるハイネ像の向かいには先日までファッションウィークのメイン会場だった建物がある。
今ではもぬけの殻でこの通り。ロケーションも悪くないし、何と言っても敷地面積が広いのでアートイベントや展示会によく利用されている不思議な建物だ。引き続きレンタルスペースとして存続してくれることを願うばかりだ。
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並びにはこんなスペースもあった。
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白いポストカードにはRENT THIS SPACE MO@MOWHITEMAN.COM という文字が。
リンクをクリックしてみて、なるほど〜。流行のCoworkingを利用した広告というか、確かに目を引くやり方ではある。実際にレンタルできるのか聞いてみたいところ。
さて、その並びに今度はまた馴染みのないスペースが。なぜか、「ママ!自転車やで。入ってみよう!!」と自ら進んで中に入ろうとする長男。
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自転車ショップではなく、サロン兼カフェ併設の小洒落たトレーニングジムのようだった。
BECYCLEはインドアサイクリングのエクササイズを旬のベルリンサウンドと共に楽しめる、というこれまたユニークなコンセプトのジム。barre、power yogaやHIITといったプログラムもあり、fbでの評価はほぼ5という高い評価を得ている。一度足を運んでみる価値はあるかもしれない。
それにしても、最近のミッテは一体どこへ向かっているのやら。。小洒落たカフェにブティック、ジムにCoworkingスペースのオンパレードで、どこへ行ってもまず英語が耳に飛び込んで来るようになってきた。DDR時代のハイネ像もびっくり、というやつだ。
この日、Brunnenstr.を北上し、長女の通う小学校の裏手にあるフランスカフェ・dubonheurに行きたいと思っていたのだが、思いのほか発見の多い散歩になった。目的のカフェとエクレア、(マカロン)の美味しかったことは言うまでもない。

マカロンを欲張ってふたつも選ぶおチビさん。もちろん、一口も分けてもらえず。トホホ。
マカロンは次回。

ベルリン・ミッテの散歩道(2)

今週末も快晴が続くベルリン。
今日もまた例のごとく、家の近所を一駅分だけ風邪気味の長男を連れてゆっくり歩いてみた。いつもの公園も晴れるとずいぶん気持ちが良い。

銅像をしげしげ眺めていた長男。「あ、てんとう虫!」確かに〜。よく見ると額や腕のところに何やらひっついているではないか。冬眠中(?)なんだろうか。
とにかく子供はどこにでもよく登る。木登りをした後は、次の銅像にも登ってみる。「ママ、高いとこから見るときれいやで!」

なるほど、納得。
いつも気になっていたハインリヒ・ハイネの銅像にも登りたがる。ところで、今日のハインリヒ・ハイネ像の手には花火が握られていた。

このハイネ像、結構立派な造りなのだが、どうしてこんなところにあるのだろう、と常々不思議に思っていた代物である。公園内にあるでもなし、トラムの通る細い坂道に面して置かれているというのもどこか少し違和感があった。
少し調べてみたが、どうやらやはり曰く付きの像らしい。
DDR(東ドイツ)時代に文化基金(Kulturfond)がヴァルデマー・グルチメック(Waldemar Grzimek)という彫刻家にハインリッヒ・ハイネの没後100周年記念像の制作を依頼し、目抜き通りウンター・デン・リンデンにあるフンボルト大学とノイエ・ヴァッヘの間にあるカスターニエン並木に設置されることになっていた。
しかし、グルチメックの作品は上層部に認められず、彼が非難を受け修正を加えたものさえ受けいられることはなかった。その結果、この「英雄さに欠けた」「内向的すぎる」「祝祭的表現の弱い」銅像はまず、一般人の立ち入れないベルリンの美術館島の工事現場に設置され、2年後の1958年に目抜き通りから隔たったヴァインベルクス通り公園に移されたというのだ。
これで、なぜこのハインリヒ・ハイネ像がこんなところに設置されているのか、ということにも納得ができる。まさか、たらい回しにされていたとは。。
この話にはまだ続きがあり、1997年にベルリン市の文化担当者が、ハイネの生誕200周年を記念して元来あるべき場所に戻してはどうか、と提案したのだそうだ。これに地元住民が反対したり、様々な議論が交わされた挙げ句、別の像を造るために資金提供者が名乗りを上げた。そして、2002年の生誕205周年記念に、目抜き通りの設置予定場所で2体目の除幕式が行われたのだそうだ。このハイネ像がベルリンに2体もあったことには今の今まで気付かなかった。
まだまだ、散歩は続きます。

ベルリン・ミッテの散歩道

今日もかなり冷えるが快晴で気持ちの良い一日となった。先週に続き、今週もまだ調子の優れない長男。昨日は保育士のストライキのためキタが休みだったが、今日も引き続き休ませることにした。
熱はないようなので、買い物がてら近所をぶらっと散歩することにした。距離としてはトラムで一駅くらいである。また、いつものように歩きながら気になった建物や看板を写真に撮っておいた。
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freiraum.という壁に書かれたロゴ。以前、どこかで目にしたことがあるなぁ、と思っていたら、知人からちらっと聞かされたことのあるアートスクールだった。アーチ型の高い天井のあるアトリエが開放されており、幼稚園から小学校までの子供向きのクリエイティブコースもあるようだ。
これまた非常に贅沢な環境で、画材や工作の材料がふんだんに用意されており、自由に創作ができるらしい。気になる受講料は週に1度の1時間半のコースで月に65ユーロから75ユーロ。1回の体験コースだと5ユーロ、1ヶ月の体験で60ユーロなので、試しに足を運んでみる価値はありそうだ。
子供の誕生日会も2時間コースで予約できるようなので、予算が許すようであれば是非。

Freiraumの並びに広々とした空間が突然現れた。「あれ、こんなところにあったかな?」と看板を見てみると、Hortとある。Hortとは、小学校の放課後に行われる学童のようなもので、保育士が子供達を預かってくれるシステムだ。工作や遠足などプログラムも様々だ。
入り口から少し中に入って奥を見ると、良く知っている学校の建物に繋がっていた。Hortの裏にはFreie Waldorfschule(FWS)、ヴァルドーフ自由学校があり、最近まで工事中だったのはこのHortだったようだ。ヴァルドーフらしい木の看板や入り口付近に見えた動物小屋、自然に木々が放置されたような空間などに納得がいった。
日本ではシュタイナー教育としての方が知名度の高いヴァルドーフ。ドイツでもその教育方針には賛否両論があるようだ。同じアパートに住む家族は、父親がヴァルドーフ学校の卒業生のためか、子供もやはりこのヴァルドーフ学校に通っている。先日も、太めの丸太を何個も抱えたお父さんの姿を見かけたが、何やら楽しそうな学校ではある。何かの催しがあれば、雰囲気を見に一度遊びに行ってみたいと思う。
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Hortの前を通り過ぎ、ハーケッシャー広場の方へ繋がる道を歩いていると、以前からFacebookの広告で気になっていたCoworkingスペースのwe workのロゴに目が留った。「あ、こんなところにあったのか。」確かに交通の便も良く、気の利いたカフェや洒落たブティックなどが集まるエリアの一角をドーンと占めている。ここも機会があればそのうち覗いてみたい。
この辺りは2000年以降、ハーケッシャー・ホーフを筆頭に急ピッチで開発が進み、今では観光客にも人気のあるエリアに様変わりした。ここ数年でベルリンもスタートアップ企業の集まる欧州の「シリコンバレー」などとも呼ばれるようになったらしいが、時代に合わせて柔軟に変化する街だということに変わりはないだろう。
とまあ、長男の歩くペースでぶらぶらいつもおなじみの道を歩いてみるのも、なかなか発見が多かった。快晴ではあったが、かなり寒かったせいか、夕方にまた熱が上がってしまった長男。それでも楽しかったのか、また週末も散歩に行きたいんだそうだ。右に同じ、である。

懇談会と吹雪

朝方、何だかいつもより冷えるなぁ、とコーヒーを飲みながらぼんやり思っていたら、午後になると吹雪いてきた。もちろん、買い物にも行きそびれてしまい、ぐずぐずしているうちにあっという間に小学校の懇談会の時間になってしまった。
全く外に出る気がしないが遅れて行くわけにも行かず、余りにもすごい雪なので傘をさして行くことにした。

戸外は吹雪いており、傘をさしていても数分で雪だるま状態に。這々の体で懇談会の時間には何とか間に合い、15分程担任の先生と話をした。内容はまあ、ほぼこちらの予想通りのもので、計算にちょっとまだ時間がかかるということと、時計の読みと数字のディクタートの練習をした方がよい、というものがひとつ。後はドイツ語の読みがまだ少し甘い、ということだった。
23→にじゅうさん
23→drei und zwanzig (さんとにじゅう)
この数字の書き取りが曲者で、例えば日本語の場合は「23」は前から順に「にじゅうさん」と読めばいいが、ドイツ語は全く逆で「さんとにじゅう」と読まなければいけない。そうすると、長女のように日本語とドイツ語のバイリンガルだと、ドイツ語で「さんとにじゅう」と言われると、32なのか23なのか分からず混乱してしまうことになる。そして逆もまた然りで、日本語で23と言われたときに、32と理解してしまうこともあるわけだ。時計の読みも1時半がドイツ語では「2時の半分」になったりするので、多少混乱するのではないかと思う。
ドイツ語の読みに関してはいずれ追いつくだろうと考えているので、特に心配はしていないのだが、日本語学習に費やす時間をドイツ語学習に回せれば、とっくの昔にスラスラ読めるようになっているのになぁ、と思ったりもする。今後、現地校の学年が上がるにつれて、この問題とは常に向き合うことになるのだろう。
勉強のことはさておき、長女は学校生活をうまく楽しんでいるようなので親のいらぬ心配はご無用、だ。
さて、キタまでの道のりは長女が乗ったそりを引っぱる羽目に。授業終了後のHortでそり滑りに行くはずだったのだが、雪の降り始めが遅かったのか積雪が足りず行かなかったらしい。そりを持って行ったおかげで、帰り道にそりに乗れたわけだ。
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余りにも吹雪いていたため、顔もマフラーで隠してそりに乗っていた。「あ、もうこんなとこまで来たん。」
こっちがふうふう言ってるのを他所にふざけた娘である。

ま、でもキタから行きそびれたスーパーまでと、自宅まで弟を引っぱってくれたのでヨシとしよう。
懇談会から自宅に戻るまで、雪のおかげで3時間も掛かってしまった。
なんでだ!?