Sakura im Sommer / 夏の桜

今日も夏日のベルリン。
ここ数年、ベルリンは冬から春を飛ばして夏になってしまうので、軽めのスプリングコートやサマーセーターの出番が全くと言っていいほどない。4月で半袖やノースリーブのワンピースなんて着たくもないのだが、それほど本当に暑い日が続いたりもするのだ。
毎年この季節になると、近所の公園には不自然なほど大勢の人が詰めかけ、所狭しと座り込んで一様に夏の日差しを楽しむようになる。そして翌朝には公園はゴミの山と化しているのだから、ある意味迷惑な話だ。
冬の長いドイツではこんなふうに暖かくなった途端、陽の光を求めて、ワラワラと人が戸外へ飛び出して来る。そして街もどことなくふわふわとお祭りムードで、カフェのテラス席も満席になる。
せっかくいい季節が来たというのに、昼間からブログを書いている場合じゃない、と言われそうだが、あいにく強烈な日差しの中、上半身裸でわざわざ公園で日光浴がしたいわけでも、寝転がってビールを飲みたい(ちなみにアルコールは全く飲めない)わけでもないのでコーヒーと共に涼しい自宅でこれを書いている。

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昨日の晴天で空っぽだったカフェの店内

一時期、自宅ではなくCo-workingスペースの利用を考えたこともあったが、併設カフェで英語しか通じなかったのと、特定のクラスタしか受け入れないようなスタンスに何だか気疲れしてやめてしまった。
最近のベルリンで残念に思うことは、あらゆるところで格差が生じていて、従来ベルリンという街が持ち合わせていた何でもかんでも受け入れる懐の深さのようなものが感じられなくなってきていることだ。Co-workingスペースのカフェがその典型で、ドイツ語で注文しているのに英語で返してきたりと、どこか不自然で逆に田舎臭く感じてしまったりもする。
そこは気取らなくてもいいんじゃないかな。
時代が変わったんだと言われればそれまでなんだが、ベルリンという街に存在していたある種の親密さが希薄になり、どこかよそよそしくなってしまったのが少し悲しい。
Co-working、セクハラ、Schulmobbing(学校でのいじめ)、空調、フリーランス、gucken(「見る」の口語)、暇とただの怠け者、グーグルローカルガイド、ITの活用、自己同一性、おやつにシベリア、はじめしゃちょー、、、
今朝、ジョギングをしてストレッチをした後に、ツイッターを眺めていたら色んなキーワードが目に飛び込んで来た。
世界はキーワードで成り立っている。
ところで、娘に「ママはいつもコンピューターで何してんの?」と聞かれたので、日本語がうまく書けるように作文の練習をしているのだ、と答えた。そして、それはほぼ間違いなく事実である。逆にドイツ語で書く練習をしたければ、ドイツ語でもブログを書けばいいのだろうけれど、添削を頼まなくてはならないので今のところ、まだドイツ語では何も書いていない。気にしないでどんどん書いてみるのもいいかもしれない。
特にこれ、といったテーマも決めず、今日みたいに暑さでボーッとした頭のまま、何となく取り留めのないことを書いたりするのも悪くない。書き溜めていくうちに、自分の好きなテーマが形になっていたりもするので、自分のブログのホームページの写真をたまに眺めたりもする。だから、今日の写真は今朝見たさくら、にしておこう。
来週はまた涼しくなるようなので、今週末はみなさぞかし焦って戸外に出て来るんだろうな。
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Nur eine Zeile vor dem Schlaf / 寝る前に何か一言

3月末から、どちらかというと嫌いなジョギングをイヤイヤ始めたのだが、今朝も罰ゲームのようなノルマを終えて汗だくになりながら家へ帰ろうとしたら、公園を出てすぐのところで前から来る人に声を掛けられた。
道でも聞かれるのかな、と思って立ち止まると「英語?フランス語?」と聞いてくるではないか。場所柄とはいえ、ドイツ語以外の言語がデフォルトになりつつあるなぁ、と半ば呆れながら「ドイツ語。」と答えるとやや意外そうな顔をされた。
こちらはまだ走り終えたばかりで息が乱れているというのに、向こうはドイツ語で畳み掛けるようにこんな風に言っていた(ような気がする)↓
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こっちが汗だくだというのに朝っぱらから優雅なことである。
ただ、青いジャケットをオシャレに着こなしていたのである意味、説得力がないでもなかった。彼が持っていたメモ用紙の束は恐らく自分で書いた詩か何かなのだろう。50セント持っていたらもらえたのにな、と少し残念に思わないでもなかった。
自作の詩が50セント。どこか物悲しい。
空の青さ、ではないがそんな彼の言葉で、いつも走っている公園の底に投げ込まれて沈んでいた自転車の写真を思い出したのでこの出来事と一緒にツイートしておいた。
今日の一言は恐らくこうだ。
青いジャケットと空。自転車の沈むアオイ池。
真夏のような暑さなのに、なぜか今年は公園のいつもの桜の開花が遅い。今週末には満開になるだろうか。夏日に桜、というのもどこかちぐはぐな取り合わせである。
空が青すぎてどこか情緒がない。
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Dolgen / イースター休暇の小旅行②

Dolgenから車で10分弱のところに「ドイツで一番古いブナの森」があるというので、足を運んでみることに。3月末だというのに、風も強く雪がちらちらするあいにくの天気だ。
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中心部は25ヘクタールのHeilige Hallen(「聖なる大広間」)。メクレンブルク=シュトレーリッツ大公ゲオルクにより1850年頃に一帯を保護するように決められ、事実上ドイツで最も古いブナの森なのだそうだ。1938年から自然保護区に指定されており、1993年には保護区域が25ヘクタールから65,5ヘクタールに拡大された。
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Heilige Hallenには300年から350年の樹齢を経た木々が多く存在するため、この森には朽ち果てた木の割合が非常に高くなっている。また、多くのSölleと呼ばれる湿地が多数存在し、沼や湿原などが形成されている。このため、多種類のきのこや昆虫、洞穴に生息する鳥類などが生息しているのだそうだ。
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樹齢350年のStieleiche(ヨーロッパナラ)の木。炭焼き労働者の憩いの場となっていたらしい。古くて立派な樹木だ。
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ドイツの自然保護区に必ず立っているふくろうの看板。この森では1950年以降、商業目的の木の伐採や枯れた木の持ち運びなども一切行われていない。道を塞ぐ倒木などについては例外的に伐採処理が行われている。
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Heilige Hallenの入り口付近のブナの木。ここにはまだ比較的若いと思われる木々が並んでいた。寒かったので早々に切り上げて戻ってしまったが、もう少し暖かくなったらもっと奥まで歩いてみたい場所だ。この辺り一帯はメッケルンブルクで最も有名なフェルトベルク湖水地方(Feldberger Seenlandschaft)の森林地帯だという。
ドイツと言えば森、というくらい昔から森と深い関わりを持つドイツ。
ドイツの森に比べて余り人の手が入っていないより自然に近いチェコの森が好きなのだが、ドイツの森についても、もう少し知りたいと思わせる散歩となった。

Dolgen / イースター休暇の小旅行①

Dolgenと聞いてピンと来る人はほとんどいないと思うので、グーグルマップを貼っておこう。ベルリンから北へ2時間弱。メクレンブルク・フォアポンメルン州には、ミューリッツ国立公園があり、無数の湖沼で知られている。
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そのミューリッツとプレンツラウのほぼ中間地点に位置するドルゲン。Dorfstr.(村通り)が村の真ん中に一本通っているだけで、後は丸屋根の教会や広場のバス停、村はずれに馬小屋があるだけのこじんまりとした静かな場所だった。
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宿泊先は以前は学校(Dorfschule)だった建物である。村に入ってすぐのところにあったのだが、なぜかそのまま通り過ぎてしまい道を歩いていた女性に尋ねると「ここを少し戻ったところにある建物よ。そう言えば、ベルリンナンバーの車ばかり止まっていたわね。」と親切に教えてくれた。
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ここに4家族で3泊4日するわけだ。
まずはドルゲン湖を見にぶらぶらと散歩に出る。3月末だが、まだまだ冬景色のドイツ。湖にもまだ氷が張っていた。
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特に観光する場所がなくても、だだっ広い場所で特に何も考えずに歩いているだけで気持ちがいいものだ。今回はこのような場所で自分の誕生日を迎えることができた。こんな偶然を与えてくれた友人に感謝したい。

Benji Knewman / ラトビアの雑誌

去年の10月半ば。いつもは前を通りすぎるだけの雑誌ストアのショーウインドウにこんな張り紙が。
5キロで5ユーロ
そんな時に限って大荷物だったのだが、とにかく店内にそのまますーっと吸い込まれてしまう。在庫処分セールとはいえ、5キロで5ユーロって!?
そう言えば、雑誌や図録なども場所を取るのと、値段もそこそこするので最近はほとんど購入していなかった。店内がかなり混雑していたので、とにかく目についたものをささーっと選んで(荷物も多いことだし)秤にかけてもらう。
こちらが戦利品↓
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中でもラッキーだったのが、ラトビア発の雑誌Benji Knewman(16,95 €)との出会い。
英語とラトビア語のバイリンガル表記になっており、Life that you can readというコンセプトが素晴らしい。読み応え十分だし、挿絵のイラスト、写真なども自分のテイストにぴったりくる雑誌だった。これは単純に嬉しい。やはり書店だとこういう発見があるので、本屋の存在というのは常々大切だと思っている。

ところで、なぜ今頃になってこの記事を書くことにしたかというと、今朝たまたま週末に読んでとても印象に残ったページをインスタに上げたところ、チーフ編集者のAgnese Kleinaさん(@agnesiga)から反応があったからだ。「あなたが私たちの雑誌の読者で嬉しいわ😘」的なコメントまで頂き、よかったらBenji Knewman Vol.7が5月に出るからよろしくー。フォローもよろしく!というメッセージでしたので、もちろん@benjiknewmanをフォローしVol.7も定価でもいいから購入しようかと思ったほど。
このインスタの投稿、途中で写真が切れてしまっていて先方には申し訳ないことをした。実は修正しようと思っていたら、既にメッセージが入ってしまいそのままになってしまっている。
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こんな風にSNSですぐに編集者と繋がれたり、出版社もプロモーションができる時代ってつくづく便利だし面白いなぁ、と思う。5年後、10年後がどんなことになるのか予想が付かないが雑誌も書籍もそして書店もなくならないで欲しい。
ところで、この在庫セール、数時間後にまた同じ店の前を通ると1キロ5ユーロになっていた。そりゃそうだ。やっぱりいくらなんでも安すぎたんだろうな。
というわけで、また在庫セールを狙って皆さんも一度Sodabooksを覗いてみてください。

Моя любимая Москва / モスクワの愛すべき風景たち

95年の4月にベルリンに来て、数ヶ月もしないうちに近所のギャラリーで作品を展示していたモスクワの建築専門のアーティストらと知り合いになった。
日本にいる時はロシアとは全くなんの縁もなかったのに、彼らを通じてベルリン在住のロシア人ネットワークと繋がりができた。
そして、気付いたらモスクワに何度も足を運んでいた。
Arbat
人との縁というのは不思議なものだ。ドイツの首都ベルリンにやって来たからといって、すぐに地元のドイツ人と知り合いになれるわけでもない。とはいえ、旅行中にひょんなことから知り合いになったドイツ人のアパートに転がり込んでベルリン生活はスタートし、数ヶ月後にその知り合いのアメリカ人の共同アパートに引っ越すことになったのではあるが。
WG(Wohnungs Gemeinschaft,ルームメイト)の構成はアメリカ人女性(地元クロイツベルクのハードロックバンドのボーカル)、NYから来たドラマー(ソニックユースのライブスタッフもやっていた)、シュトゥットガルト出身の生物学科専攻の女子学生。そして、何となくベルリンが気に入ってふらりとやって来た日本人の私。このWGも相当なものだったので、また別の機会に書いてみようと思う。
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当時のモスクワはベルリンのそれよりも一段上を行く混沌状態だった。赤の広場に繋がるメイン通りトベルスカヤにマクドナルド1号店が出来たのもあの頃ではなかったか?
Kassa
共産圏独特の安物ペンキの色味や無機質な物体になぜか惹かれて写真を撮っていた。物や色で溢れ返った日本に辟易していたせいかもしれない。
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ノイシュヴァンシュタイン城より、バウハウス、パリよりベルリン。単なるテイストの問題かもしれない。
Post
どこか完璧ではないノスタルジックな佇まいが好きだった。

一枚の写真から②

Potsdamer Str. 4

上の写真がどこかお分かりだろうか

この写真はベルリンの中心地であるポツダム広場がまだ空き地だった頃のものである。

93年に初めてヨーロッパをひとりで旅行した時にベルリンにも立ち寄ったのだが、その時は広場のあちらこちらにまだ壁の残骸が打ち捨てられている状態だった。

この写真はその当時のものではなく、それから数年経った状態のポツダム広場の様子を収めたものであろう

この写真を見ていると、「どうして人は空き地だったところに何かが建ってしまうと、何もなかった時のことをうまく思い出せないのだろう。」と、少し悲しくなる。

そして、ヴィム・ヴェンダースの映画に出て来たワンシーンを思い出す。

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Der Himmel über Berlin | Wings of Desire
Berlinale Classics
BRD/FRA 1987
von: Wim Wenders
Curt Bois, Otto Sander
© Wim Wenders Stiftung 2017

Ich kann den Potsdamer Platz nicht finden! Nein, ich meine, hier… Das kann er doch nicht sein! Denn am Potsdamer Platz, da war doch das Cafe Josti…

壁しか存在しなくなったポツダム広場を歩きながら、ホーマーは上の台詞を心の中でつぶやくのだ。「ポツダム広場が見つからない。」と。

容赦なく開発が進んだベルリンで何度こういう気持ちにさせられたことだろう。
「私の知っているベルリンが見つからない!」と。

それでも不思議なもので、人はすぐに新しい風景に馴染んでしまい、以前の風景が脳裏から薄れてなくなってしまいがちだ。環境の変化に適合しようとする習性なのだろうが、何かのきっかけ ー その多くは当時の顔見知りだったり、音楽だったり、匂いだったりするわけだが、その場所が持っていた面影のようなものが見える瞬間がある。

変な時間に一人で夜道を急ぎ足で歩いている時や自転車で街を移動したりする時なんかにも。

Weihnachtsmarkt / クリスマスマーケット

去年の12月19日にベルリンのクリスマスマーケットでテロがあった。あれから、もうすぐ1年が経つ。
今年も人混みは極力避けよう、と思っていたが息子のキタのお友達が「一緒にクリスマスマーケットに行きたい。」と言ってくれたので、息子のためにも近所のクリスマスマーケットに足を運ぶことになった。
今日は第二アドベント。約束の時間まで間があったので、娘のリクエストに相方が答えてフルーツのチョコがけを作ることになった。

先週の第一アドベントは体調を崩していて、クッキー作りの写真が撮れなかったが、今週のチョコがけフルーツ作りはこんな感じ。子供達は真剣そのもの。フルーツをカットして串に刺し、湯煎して溶かしたビターチョコレートを刷毛で塗って、アラザンやカラーチョコなどでトッピングすれば出来上がり。思いのほかたくさんできたので、キタのクリスマスカフェに持参することにした。
チキンスープで軽くお昼にした後、ピリリと寒い中、徒歩で15分くらいのKulturbrauerei「文化醸造所」へ。ここは以前、ビール醸造所だった場所に映画館やシアターなどを集めた総合文化施設である。暗くなる前に行けば、そんなに混んでないだろうと14時に落ち合う。
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それでも第二アドベントなので、既にかなりの人で賑わっていた。
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ドイツの冬は暗いが、クリスマスの飾り付けやクリスマスマーケットの灯りを見ると、これはこれで情緒があって悪くないなぁ、と思う。ただ、この日は気温が零度近くまで下がり風も冷たく、アトラクションの列やクレープ屋台の列で並んでいると、相当寒かった・涙

子供達も念願のジャンプロープ(?)初挑戦。こちらも待ち時間はなんと約30分。泣ける。
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結局、マーケットで約2時間ほど過ごし、身体は芯から冷えてしまったが子供達は満足そうだった。ここの混雑ぶりを見る限り、ベルリンの住民が特にクリスマスマーケットに行くのを自粛しているような雰囲気は微塵も感じられないし、恐らくそれでいいのだろうと思う。
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つい先日もポツダムのクリスマスマーケット付近での爆発物が見つかったそうだし、シャルロッテンブルク宮殿付近で銃弾が発見されたというニュースなどもあったが、どちらもテロではなかったらしく大事には至っていない。
市民が無事にクリスマスを迎えられることをただただ望むばかりである。
追記:先週末に訪れたKulturbrauereiのクリスマスマーケットで本日、12月15日の金曜日に不審なリュックサックが発見されたことで、21時に1時間早く閉鎖されてしまったそうだ。警察によると、不審物は特に危険性のないものだったということだ。
暗いドイツの冬を乗り切る為の市民のささやかな楽しみを奪わないで欲しいと心底思う。
参考記事:https://www.rbb24.de/panorama/beitrag/2017/12/lucia-weihnachtsmarkt-kulturbrauerei-abgesperrt.html @rbb24

一枚の写真から

久しぶりに「ほぼ日刊イトイ新聞」を見ていたら、以前HOBONICHI TECHO 2009に何気なく投稿した文章と写真が出て来てとても懐かしく思った。

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2009年1月19日。もう、あれからずいぶんと時間が経つ。

東京からパリ、そしてベルリンにやって来て、何度も一緒にロケをしてきた同僚の日本人カメラマンが父親になったのを機に、今後の身の振り方を考え、長女が小学校に上がる前に帰国を決めた頃だった。

日本人家族でドイツ語がそれほど話せない彼にとって、何かあった時に自分たちだけで迅速に解決ができないのが困る、というのが一番の理由だったのかもしれない。

そして、そんな同僚のベルリンでの最後の仕事は小澤征爾さん指揮のフィルハーモニーの舞台ど真ん中で至近距離から小澤さんを撮る、という重大任務だった。

粋なことをする社長だなーと思ったことや、同僚の姿を見て、「彼はあそこでカメラを回せたというだけでもベルリンに来た甲斐があったんじゃないか。」と半ば羨ましくなったことなんかを思い出した

テレビの撮影コーディネーターを初めて7年目、この時点ではまだ自分が妊娠していることにも全く気付きもしていなかった。

この日の仕事が私にとっても、現役会社員のコーディネーターとして現場に出たほぼ最後の仕事になったわけである。あの日はそういう意味でも不思議な日だったし、あの現場に立ち会えたことは幸せだった。

と、そんなこともすっかり忘れていたのだが、この写真と手短なコメントを読むだけで、当時の感覚がはっきりと蘇って来た。やはり日記はいいものだなー、と思う。

毎日とは行かなくても、こんな風にその日、その日の自分の気持ちを一枚の写真と共に書き留めておくといいのかもしれない。