Berlin 1995 / 90年代のベルリン④

思えば93年の一人旅、ベルリンでまずフランス人のミシェルと知り合いになり、Captainが現れ、イヴォンヌに繋がるわけだけれど、95年に1年くらいのつもりでふらっと来た私を大歓迎してくれたのもやはりミシェルだった。「ハハハ!ほらやっぱり帰ってきた。」

Broschwitz98

面白いと感じるところがよく似ていたからなのか、ミシェルとは頻繁に夜のベルリンの街を一緒に飽きもせずウロウロと歩き回ったものだった。

その日も、そんなわけでアパートへの帰り道、夜中を過ぎたというのに煌々と明かりの付いたギャラリーを見つけ、二人でなんだなんだと不思議そうに覗いていたわけだ。そこで白い大きなピラミッドのようなインスタレーションを作っている3人組と目が合った。

「こんな時間に何してるんだろうね?」(お互い様なんだが)なんて言っていると、「入って、入って!」と手招きされたのでとにかく中へ。「明日から展覧会だから、その準備中なんだよ。」と教えてくれたのがモスクワからやって来た建築家たちだった。

モスクワと言われても、正直その時は余りピンとは来なかった。ベルリンに来るまでは奈良に住んでいたので、モスクワはとても遠い存在でしかなかった。ネットもなく、今みたいにやたらめったら他国に住んでいる人たちの発言が飛び込んでくる環境がなければ、それが普通なんだろう。

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Ленин В. И.собственный архив

展覧会のタイトルは「Что делать? =Was tun?(何をなすべきか?)」。まるで自分に投げかけられた問いかけのような気がしたものだ。実はレーニンも同タイトルで1902年に著作を出版している。写真はその初版の表紙だ。

さて、この3人のモスクヴィッチ(モスクワっ子)。初めて会った気がしないほど距離感がなく、ドイツ語ではほとんど話せないのでデタラメな英語で遅くまで話し込むことになる。

たまたま住むことになったイヴォンヌのWGアパートから徒歩圏内のギャラリーだったため、モスクワへの入り口へと繋がってしまったわけだ。ベルリンに来てまだ3ヶ月ほどだったように思う。

そのギャラリーでかかっていた音楽の類がこちら。やっと自分のテイストに合う音楽環境と出会えてとても居心地がよかったのを覚えている。

ここで出会ったモスクヴィッチにはその後も随分と色々な影響を受けることになる。今、ベルリンで時折「絶賛東欧祭り開催中」に陥るのも間違いなくその名残である。

この頃に聴いていた音楽は今、聴いても全く違和感がない。どうやら私の音楽テイストは95年にある程度決まってしまったらしい。

逆に今、自分のテイストにぴったりくる音楽というのはどういう音楽なんだろう?

Sound CloudやSportifyに任せてもなぜか余りアンテナに引っかかってくるものがない。そう言えば、以前は友人や知人といった人づてで音楽に出会うことが自然なことだった。

また機会があれば本格的に今の自分にフィットする音を探してみようと思っている。

追記:SNSのおかげでDUDU TASSAを知ることができた。感謝!!

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