Pravčická brána / プラフチツェ門

2017年に初めてプラフチツェ門を訪れてから2年。子供たちも7歳と10歳になった。

秋休みにクロアチアへ行こう、という話もあったのだが仕事が忙しく、フライトなどの手配ができないままあっという間に秋休み前に。バックアップ用に行き慣れているボヘミアン・スイス国立公園内のメズニ・ロウカ(Mezní Louka)に宿をひとつあわてて押さえた。

2年前に訪れた時にはまだ建設中だったアパートメントホテルの最後の1室を秋休み直前になんとか予約。予約内容をよく確認していなかったのだが、簡易キッチンとバスタブ備え付けの部屋だった。

オフモードで旅行のオーガナイズをするときはこんな風にかなり行き当たりばったりになってしまう。

3年前に初めてMezní Loukaを訪れた時よりも、宿泊施設が年々少しずつではあるが増えている。それでもまだ平日はとても静かな場所だ。

そんなMezní Loukaだが、ボヘミアン・スイス国立公園内を歩くにはうってつけの拠点である。北側にはプラフチツェ門のあるガブリエル遊歩道、南側にはカメニツェ川(Kamenice)の渓谷があるからだ。

今回はまず北側のルートを行くことにした。

プラフチツェ門までまずは7キロ。

例年であれば秋休みは日本に一時帰国している時期なのだが、今年は夏に帰ったため、秋のボヘミアン・スイスは初めてだ。

すっかり秋めいた山の景色。少し涼しかったが、歩いているとうっすら汗ばむくらいの気温で気持ちがいい。

プラフチツェ門まで60分、メズニ・ロウカまで10分と書かれた道しるべ

プラフチツェ門のある北側のルートは赤いルートで難易度が高い部類に入るらしい。それでもきちんと整備されているので子供でも十分に歩ける道である。

展望台からの景色。ここまで来れば、後一息で休憩所のあるプラフチツェ門に到着する。

懐かしい風景。相変わらずの絶景だ。

秋休み中の平日だからか、道ですれ違う人のほとんどがドイツ人だというのも面白い。上の写真にあるレストランでスープを注文したら2ユーロだった。物価がドイツに比べてまだまだ安いのもチェコの魅力だろう。

風が強くなってきたので、お昼時で満員のレストランに入ったら運良く席が空いたのでゆっくりと休むことができた。ガブリエル遊歩道唯一の休憩所なので、シーズン中は混雑している。

チェコの国立公園内にはこのような施設のある場所が限られているので小さな子供と一緒に歩くときは特に注意が必要だ。準備万端で臨んだ方がいいだろう。

四季折々の自然を楽しめる変化に富んだトラッキングルートなので、山歩きが好きな人は是非。過去ブログにはプラフチツェ門の少し詳しい説明も書いているので気になる方は読んでみてください。

次はドイツ国内のザクセン・スイス側も歩いてみたいと思っている。

Klek-Shops in Sofia / ソフィアのKlekショップ

フランクフルトのモーターショーIAAでの撮影を終え、ベルリンに戻るルフトハンザの機内誌を何気なく手に取ってみた。

そこにとても気になる記事があったので紹介しよう。

ブルガリアの首都ソフィアにあるKlek-Shopという半地下にあるキオスクのような小さなお店について。

Klekというのはブルガリア語で「ひざ」という意味なのだが、実はこのショップ、ひざを折らないと買い物ができないほど低いところに窓口があるのだ。

© Dirk Bruniecki

このタイプのキオスクの由来がこれまた面白い。

ベルリンの壁が崩壊し、共産主義国が消滅した頃。

1990年代初頭にブルガリアの首都ソフィアでアパートの半地下や物置小屋に当たるスペースを利用して住民が商売を始めた。

手作りのジャムやピクルス、タバコに飲み物。靴の修理屋さんや仕立て屋さんなどもそれに加わった。

© Dirk Bruniecki

ボタンつけから新しい服まで:ネヴェナ・ドロロヴァ(41)は仕立てからリフォーム、修理まで全て手がけている。20年ほど彼女はパートナーとKlekの仕立て屋を切り盛りしてきた。店の経営は上々で人を雇えるようになったほどだ。ソフィア中から彼女の腕を買ってお客が来るという。

Lufthansa magazin 9/19 Kniefälle

Klekショップのお店の場所を示す地図なども売られていたが、2012年以降はこれまであった店舗数の約半分の30余にまで減ってしまったのだそうだ。

ついこの間もブックショップやケーキ屋さんが店じまいをしたのだという。どの街にでもあるような大型店との競争に勝てず、店を閉めてしまうのだろう。

もしかするとすでに手遅れなのかもしれない。Klek Shopsを見るためにソフィアに行っても、もう何も残っていないのだろうか。そうだとすれば寂しいことだ。

中には次のステップに進む人たちもいる。Klekのスペースをバーやギャラリーにして中に入れるように利用するやり方だ。

© Dirk Bruniecki

半地下の小さなスペース。使い方次第でとても素敵な空間になりそうだ。Klekカフェがあれば、そこでゆっくりとコーヒーを飲んでみたい。

参照:Luhthansa magazin 9/19 Kniefälle

Одеса / オデッサ②

せっかくオデッサまで来たというのに、前回の「ポチョムキンの階段」で終わってしまうのはもったいない。

アルカディアビーチを見に行こう!

Аркадийская ал.

アルカディアビーチに続く道を歩く。

Аркадія

まさか、こんなに混んでいるとは。。ビーチに着くと、ドイツのバルト海とはまったく異なる光景が目前に広がっていた。

ぎっしりと所狭しに並べられたビーチチェアにパラソル。

反対側の方にあった、人のいない桟橋も写真にも撮っておいた。同じ場所にあるとは到底思えない。

泳ぐ準備はしていたのだが、あまりの人の多さに辟易してしまい海に入るのはやめておいた。チェルノブイリ博物館で見た汚染マップがまだ頭から離れていなかったのもその理由だろう。

断っておくと、写真のアルカディアビーチは2006年のものだ。今のアルカディアビーチはかなり高級感あふれる(そしておそらく嫌味で悪趣味な)ビーチに姿を変えているようだが、当時はまだ地元民で賑わっていた。

スマートフォンの普及やITの進歩で世界中どこに行っても、経済および情報格差は広がる一方だ。そして、どこへ行っても同じようなカフェに同じような内装のアパートが観光客向けに作られるご時世となってしまった。

現代の東欧の住民がどう考えているのかは分からないが、古き良き(?)東欧テイストのようなものを感じるのは年々難しくなってきている。

グローバル化やIT化とは世界を没個性にスタンダード化してしまうものだろうか。

列車の旅がしたかったので、オデッサから列車で2時間半ほどの街、ベルゴロド・ドネストロフスキー(Білгород-Дністровський / Belgorod-Dnestrowski)へ行ってみることにした。

ベルゴロド・ドネストロフスキーはウクライナ南西部、オデッサ州の港湾都市。オデッサからイズマイル経由でルーマニアに至る黒海湾岸の国際鉄道の一駅が置かれている。黒海沿岸沿いを走る列車でルーマニアにも入ってみたいものだ。

こちらの写真を見て、これが何かわかる人がいるだろうか。2006年にはまだオデッサ駅にはこんなものが設置されていた。行き先ボタンを押すと、パタパタと音がして時刻表が出てくるシステムだ。モスクワでも見たことがない代物である。

駅のホームに繋がる駅舎の裏側には「英雄の町、オデッサにようこそ!」と掲げてあった。オデッサに着いた人を出迎える言葉だ。

さて、ベルゴロド・ドネストロフスキー行きの列車に乗り込み出発を待つ。

しかし、いつまで経っても列車は出発する気配がない。

待つこと2時間。

「いつ出るの?」
「今日中には出るよ。」

という車掌さんの言葉を受けて、出発を翌日にしたのは言うまでもない。

2時間もよく待っていたものだ。ひとり旅なのでどうにでもなるし、正直どうでもいいのである。この日は列車には乗れたが、1ミリも進まずに終了。

何を見に行ったのかというと、ベルゴロド・ドネストロフスキー要塞(ドニエストル川沿いの白い砦)と呼ばれる9世紀にスラブ人によって建設された小さな砦である。

1918年までと1940~44年にはドイツ風にアッケルマン(Аккерман)と名付けられた。

現在の呼び名はグーグルマップ上ではアッケルマン(ベルゴロド・ドネストロフスキー)要塞、公式HPではベルゴロド・ドネストロフスキー(アッケルマン)要塞となっている。

ヨーロッパの歴史は複雑すぎて、この小さな砦に関してもギリシャから古代ローマ、民族移動時代に東スラヴ、モルダヴィアと様々な歴史が絡み合っているので、到底シンプルに説明することは不可能だ。

人里離れた無名の観光地を目的もなくブラブラ歩く、というのも悪くない。

Одеса / オデッサ

今朝、ツイートで「ウクライナのブラックメタル」というパワーワードを目にしたから、というわけではないが、2006年のウクライナ旅行について記憶を手繰り寄せることにしよう。

ツイートのTL上に流れてくるキーワードでブログのテーマが決まることがけっこう多い気がする。

余談になるが、岡田さんのように自分の好きなこと、特にニッチなジャンルをとことん追求するスタイルは素晴らしいし、結局それこそが最強なのではないかと常々感じている。

2006年のウクライナ旅行についてはすでに2本投稿しているので、気になる方はそちらの方から遡って読んでみてほしい。

さて、キエフからオデッサへ。どうやらこの時は飛行機を使ったようで、特に列車の写真などは出てこなかった。グーグルマップで移動時間を調べてみると、7時間から12時間前後は掛かるという結果。なるほどこれだとフライト移動した方が手っ取り早そうだ。

Yevreis’ka St/イヴレイスカ通りの滞在アパート

当時はエアビーなどもまだなかったので、ネットで個人アパートを探しての滞在だったように思う。夏場だったため、滞在期間中にお湯が突然出なくなったのを覚えている。モスクワでも夏場にお湯が止められるので、ウクライナも一緒なのか、とその時も妙に納得してしまった。

オデッサは港町で黒海に面しているため、キエフとはまた違った異国情緒の漂う街だ。

Одесский Спасо-Преображенський кафедральний собор
救世主顕栄大聖堂
Соборна площа/大聖堂広場でチェスをする人々

平日だったが、全体にのんびりとした雰囲気でとても歩きやすかった。キエフに行くなら、オデッサにも、と思わせたのはエイゼンシュタイン監督作品「戦艦ポチョムキン」のワンシーンに出てくる階段を見るためだった。

ポチョムキンの階段

それに「オデッサ」という名前そのものが、旅に誘うような響きなのである。モスクワの友人たちから「オデッサはいい!」と散々聞かされていたのもその理由だろう。

pantelyemonovsky church

2006年と言えば、ドイツではサッカーのワールドカップが開催された年で、仕事も例年に増して忙しかった。ロシアに行くのはハードルが高いので、まだ近場のウクライナにスラブ的なものを求めて足を運んだような気がしてならない。

今年は難しいかもしれないが、来年あたり本気でモスクワ再訪を計画したいなぁ、と思いつつ。ビザの要らないグルジアやウクライナ、ベラルーシーでもいいんだけれど。

Park Mickiewicza / ポズナンのミツキエビツァ公園

ポズナン最終日。

最終日がこれまた夏日で28度くらいまで気温が上がった。

子供たちも連日遊びすぎたのと、うだるような暑さで歩きたがらず。

アパートをチェックアウトし、中央駅でひとつだけ幸運にも空いていたコインロッカーに荷物をなんとか押し込む。

とにかく暑い。暑いのに中央駅や街中にはコスプレをした人々がわんさかいた。どうやらコミケがあるらしい。そう言えば、ピカチューの帽子をかぶったお姉さんがロッカーの使い方を親切に教えてくれたのだった。

こんな時はまた水辺へ。駅から近いところで水のあるところ。大きな噴水のあるミツキエビツァ公園へ行くことに。側にはポーゼン城もあり、お気に入りのカフェも入っているのでそこでランチをすることにした。

3人とも疲れていたので、カフェでうだうだとランチ。カッテージチーズとチェリーのクレープとサラダをシェア。

ロシアのブリヌィ、チェコのパラチンキと並びポーランドのナレシニキもやはり美味しい。

食べて少し元気になったので、ミツキエビツァ公園で涼むことにした。ミツキエビチはポーランドの国民的詩人でポーランドの独立運動にも大きく影響を与えた人物とされる。

途中で大きなモニュメントが。息子はこういった記念碑にいつも反応する。

「ママ、これはなに?なんでこんな大きいの作った?」

1956年のポズナン蜂起による犠牲者

この記念碑は 「ポズナン暴動」(Poznański Czerwiec ’56)、ポズナンの労働者蜂起を記念して作られた。ポラーンドの軍隊と衝突したことから10万人に及ぶデモ参加者のうち57名が犠牲になり、およそ600名の負傷者が出ている。

1989年にポーランドの政権交代を経て、ようやく労働者蜂起やそれによる犠牲者について自由な意見交換や公式の見解が出されるようになった。

同年に起こったハンガリー動乱やプラハの春にも影響を与えたと思われるポズナン労働者蜂起は西欧やその他の国々ではあまり知られていないのだそうだ

噴水のある池に入って遊ぶのに飽きたら、今度はアイス。

「ママ、さっきトラム降りたとこにアイスあったやん。」

アイスのある場所をしっかりとチェック済みの子供たち。

Na Teatralce

コーヒー味のアイスとバニラアイスを食べて、そろそろ駅へ向かうことにした。

これまでの滞在で一番混んでいたのがコミケで賑わっていたこの日の中央駅ではないか。

ポズナンはベルリンから列車で3時間ほどで行ける上、街もこじんまりしていてカラフル。そして何と言ってもごちゃごちゃと混んでおらず、とてもゆっくりできる歩きやすい街である。

機会があれば是非ポズナンにも足を伸ばしてみてほしい。

クラクフやヴロツワフにも行ってみたいなぁ。ポーランドがますます好きになった。ポズナンへの旅、子供たちにも大好評でした。




Jezioro Rusałka / ポズナンのルサウカ湖

ポズナン滞在3日目。初日と二日目の寒さが嘘のように夏日に。

それじゃあ、湖に行こう、ということでグーグルマップで近くの湖を探す。

ここが良さそうだな、とゴレンチン地区にあるルサウカ湖へ行ってみることにした。市場の横から出ているバスで約30分。ゴレンチンで降り、森の中を15分ほど歩く。

動物園や湖に行くこと自体はベルリンと同じだが、知らない土地で初めての場所を訪れるというのはそれだけでワクワクするものだ。

森を抜けると看板が立っていた。どうやらここで間違いないらしい。湖と一言で言っても、果たしてすぐ側に泳げるビーチがあるという保証はない。看板の案内を見る限りなかなか良さそうな場所だということが分かる。

ずいぶんと整備された公園もあった。正午前だったので、まだほとんど人もいない。平日のポズナンはどこへ行っても空いているのでオススメだ。

夏日になってすぐだったので、湖の水はまだかなり冷たい。午前中から水着になっているのは夏でも冷たいバルト海で鍛えられている(?)我が家の子供たちだけだった。

ルサウカ湖周辺にはサイクリングコースも整っており、自転車に乗るのも気持ち良さそう。

軽食が採れるインビスやレストランも併設されているので、一日中ゆったりと過ごせる場所だ。

市街地ではないので、ポーランド語しか通じないようだった。若い女性に「英語を話せますか?」と聞くと、「ロシア語だったら話せるんだけど。」と言われたので、ロシア語でやり取りをした。こんなところでロシア語が役に立つとは、やはり東欧らしい。

お姉さんオススメのグラーシュでランチ

スープの美味しいポーランド。インビスだけれど、スープでランチ。お姉さんに店の前に出ていた看板に書かれた三番目のスープについて聞いてみたところ。。

「私はこれは食べないわ。好きじゃない。これ(グラーシュ)は美味しいけど。」

と、これまた率直なご意見。ランチはグラーシュに決定。子供達はフライドポテトとシュニッツェル(ドイツ風カツレツ)、ケバブ肉とこれまた安定のメニューで。

場所柄か、地元民しか来ていないようだったが、静かで自然の豊かな湖なのでポズナンに行く機会があれば、是非訪れてみてほしい。

Nowe Zoo in Poznań / ポズナン〜新動物園

子連れポズナン二日目。

この日もなぜかまた動物園へ。昨日は偶然、旧動物園の前を通りかかったので中に入ってみたのだが、今度は街の東外れに新しくできた動物園へ向かうことに。

Dąbrowskiego通りのWiepofama(機械加工製造業)

宿泊アパートからはドンブロフスキエゴ(Dąbrowskiego)通りから出るトラムとバスを乗り継いで1時間弱とかなり遠い。

Dąbrowskiego通りのNobel Tower

マルタンスキエ湖の隣に動物園の広い敷地が横たわっている。この湖の周辺にはプールやアスレチック、人工スキー場など休日は賑わうレクリエーション施設が多く集まっているようだ。

しかし、訪れたのは平日。ベルリンの動物園とは違い、平日は人がほとんどいない上にレストランなどの施設もかろうじて開いているという状態だった。メニューも週末の3分の1ほどしかない。

そう言えば、以前チェコの小さな街の動物園に行った時も、同じように平日はガラガラだったのを思い出した。

さて、この動物園、あまりにも広いので中で迷ってしまった。どこまでが動物園なのかすら曖昧なのだ。

全てを徒歩で回るのは大変なので、構内には無料の車両が走っている。

園内マップ

この新動物園は旧動物園の100周年記念に合わせてオープン。旧動物園の限られたスペースを補うために新たな施設を建設する必要に迫られたのだそうだ。

1971年以降、変温動物のパビリオンのみを残し、動物たちは順に新しい動物園に移された。

オオミミギツネがイーブイにしか見えない

敷地面積は117ヘクタールほどあり、ポーランドで二番目に大きな動物園なのだそうだ。どうりで広いはずである。

野生のカモも人が少ないので、のんびりと道路を散歩していた。人懐っこいのかカメラを向けても逃げようともしない。

ところで、このガラガラで人気のない動物園のジムにシャワーズを置いてみたところ、なんと2日経ってもまだポツンと一人ぼっちでジムを守っているようだ。ベルリンに帰ってきたというのに、ポケモンがまだポズナンの動物園にいるというのもすごい。

ジムの名前がŻubrになっているので調べてみたところ、どうやらビールのメーカーらしいことがわかった。しかも、アサヒビールが一部株を保有しているらしい。縁があるのかないのかわからないが、なかなか面白い偶然だった。

そんなわけで、この日も園内で散々迷ったおかげでよく歩いた1日となった。

Jeżyce in Poznań / ポズナン〜イェジツェ区

ポズナン再訪。2度目なので、今回はあえて中心から西側の少し外れたイェジツェ地区にエアビー(Airbnb)を利用してアパートを借りることにした。

余り深く考えずに、ゲスト評価も高く雰囲気の良さそうなアパートを見つけたので即予約。

ここにも古き良きベルリンの面影が。改装されていない古びれた外観のアパート。中庭も手作り感が溢れたいい雰囲気だ。

アパートの内装がこれまたとても感じが良く、ディティールにもこだわりが感じられる。

アパートに隣接した場所にカジュアルなレストランが何軒か入ったスペースがあったので、サクッとピザで遅めのランチ(子連れだとこうなる)にする。

近所の通りにも小洒落た店が並んでいる。

Strefa pasji

風が強く肌寒い日だったが、市街地に向かう途中に通りがかった旧動物園に足を運んだ。

今回は子連れの旅なので、前回のひとり旅とはそもそも行き先が大きく異なる。

入園料は無料だが、子供用の遊具などもあり、子連れの家族がのんびりと過ごせるこじんまりとした動物園である。少し手の込んだ遊具が10ズヴォティ、ゴーカートが7ズヴォティだった。

ポズナンの西側に新しくできた動物園があるので、そこへも行ってみる予定だが、こちらの古い動物園は空いていて近所の人が散歩がてら子連れで遊びに来る場所のようだ。

ポーランドはまだイースター休暇ではないので、平日はどこへ行ってもがらーんとしている。

こんな鄙びた建物も味がある。

動物園から見える建物も素敵だ。グーグルマップでは高校の建物となっていた。


子供たちを見ていると、彼らにとって自分がどこにいるのかということは大して意味のあることではなく、「動物園」や「公園」に行けるかどうかの方が重要なファクターなのだなぁ、と常々思う。

もちろん、ご飯が美味しいかどうかも大事なことなので、この日はピエロギのインビスでピエロギにチキンスープ(ロソウ:Rosół )とサラダを食べて帰宅した。

ここのピエロギは安くて美味しいので是非!ロソウも最高。
ポーランドのスープは本当に美味しい。

このピエロギインビスは市街地にあるので、観光の途中で寄ってみてください。



Національний музей «Чорнобиль» / 国立チェルノブイリ博物館

2006年の8月上旬にキエフとオデッサに行った。前回の続き。

キエフでその他、特に印象に残っているのはチェルノブイリ博物館の入り口だ。

チェルノブイリ原発事故の展示入り口へと続く階段。
奥に見えるのがチェルノブイリの文字。

チェルノブイリ博物館展示入り口

2006年に博物館を訪れた時にはまさか、その5年後に福島で原発事故が起こるだなんて想像すらしていなかった。

チェルノブイリ博物館は国立の博物館だ。原子力発電所事故が起こってから6年後の1992年4月26日にキエフ市の中央に開設された。

日本で同じような国立の博物館が開設される日が来るのだろうか。現在、チェルノブイリ博物館では1階の展示スペースはほぼ福島の原発事故についての展示に当てられているのだそうだ。

そして、もちろん広島や長崎の原爆被害を伝える展示もある。

手書きで記された事故の記録

展示を見終わって、上ってきた階段を逆から見て背筋が寒くなった。

原発事故によって消滅した村々の名前が書かれたプレートが延々と続く。

チェルノブイリの事故の影響で、当時のドイツでも牛乳や野菜、果物などが大量に破棄された。

福島の原発事故からすでに8年が経っているが、現状がどうなっているのか正直あまり把握できていない。事故処理のその後についての報道がほとんどなされていないのもその原因だろう。

事故が収拾しているとは到底思えない

それでも、来年には東京でオリンピックが開催予定だ。

現実と理想の乖離が甚だしいようにも思えるが、皆さんはどうお考えだろうか。

ウクライナのチェルノブイリ事故から日本は何か学ぶことができているのだろうか。久しぶりにキエフで撮った当時の写真を見ながら、こんなことを考えていた。