Schalom Rollberg / 異文化交流プロジェクト

“Schalom Rollberg” (シャローム・ロルベルク)とはベルリンのノイケルン地区で行われている異文化交流プロジェクトである。

ノイケルン地区のロルベルク。ここはいわゆる問題の多い地区であるらしい。 無職や外国人の割合が多く、特にユダヤ人にとっては「行ってはいけないエリア」で名高いのだそうだ。

1933年以前はKarl-Marx-Straße(カールマルクス通り)とHermannstraße(ハーマン通り)で挟まれたエリアは共産主義の労働者地区だった。60年代には多くの古い見すぼらしい住居ブロックが公営住宅として利用された。

今日では30以上の国籍からなる6000人ほどの住民が住んでいる。そして、ほぼ2人にひとりがハルツVIと呼ばれる失業給付やその他の補助金を受けているのだそうだ。

近年、ヒップなエリアに生まれ変わったノイケルンのイメージからは程遠いのがこのロルベルクエリアというわけだ。

実際にこのエリアで生活しているわけではないので、上記のような記述が肌で感じられるのかどうかは疑わしいところだが、ロルベルクの評判はそれほどいいわけではないのだろう。

さて、そんなユダヤ人にとってはNo-Goエリアともいえる場所でイスラエル出身のヨナタン・ヴァイツマン(Yonatan Weizmann) は”Schalom Rollberg”というプロジェクトを運営している。

©Schalom Rollberg

Schalom(シャローム)とはヘブライ語で「平和」を表す言葉で、日本語の「こんにちは」にも当たる。

ヨナタン・ヴァイツマンは10年前にイスラエルからベルリンに移住してきた。宗教色の強い両親のもとで育ったが、宗教そのものは彼にとってそれほど重要な位置を占めていないという。ベルリンに来て、突然自分がマイノリティーに属していることに気付き、自分がユダヤ人であることをこれまでよりも意識するようになった。

ヨナタン・ヴァイツマン ©Schalom Rollberg

偏見や無知、接触に対する不安などが存在する中、”Schalom Rollberg”はとても重要な活動だ、とヨナタンは考えている。

このプロジェクトはMorus 14という協会組織の枠内で行われているものだが、ほとんどの家族がムスリムの背景を持つロルベルクエリアで2013年から年間約200人の子供や青少年と関わりを持っている。

20名ほどのユダヤ人が運営に携わっているが、多くはイスラエル出身、その他はベルリンのユダヤ人コミュニティーに属している。ヨナタンはユダヤ人コミュニティーの協力を望んでいるが、そこにもロルベルクエリアでの活動に不安を覚える人々が多く存在するのだそうだ。

©Schalom Rollberg

“Schalom Rollberg”の主な活動は3つある。

・Morus通りの小学校4年生向けに「人道的な世界観」の授業を行う
・子供や青少年向けの補習授業
・ユダヤ人ボランティアによるヨガやアート、英語などのコース

プロジェクトに反感を覚える家庭もあるのだろうが、コース参加希望者が多くウェイティングリストがあるほどなのだとか。

ネットや家庭で仕込まれたのだろう、「ユダヤ人は世界征服を狙っている」「ユダヤ人が僕たちのの国を盗んだ」などというフレーズが子供たちから飛び出すこともあるのだそうだ。ヨナタンは「このテーマについて話すきっかけになるので、どちらかといえば歓迎すべきことです。」と悠然と答えた。

彼はその際にユダヤ教やイスラエル国家を代表するのではなく、あくまでもお互いに知り合うこと、出会いそのものが重要だと考えている。

子供たちの多くは、彼がイスラエル出身のユダヤ人であることはすぐに忘れ、「ヨナタン」として認識するようになるからだ。

この”Schalom Rollberg”の活動はベルリンだけではなく、ドイツ全国でも3位に入賞し、7000ユーロの補助金を得ている。

参考記事:
Berliner Zeitung: „Shalom Rollberg“ – Eine Insel der Toleranz mitten in Neukölln
Berliner Woche: Nur Kennenlernen hilft gegen Vorurteile

Schalom Rollberg

Obdachlose in Berlin / ベルリンのホームレス事情⑵

2017年に一度「ベルリンのホームレス事情」について取り上げたことがある。今回の投稿ではベルリンで今月末に行われるある調査について触れてみよう。

ベルリンのホームレスの数は6000人から1万人の間だと推測されている。しかし、この数字はあくまでも推測の域を出ておらず、これまでに男女比や具体的な統計は取られていなかった。

パリやニューヨーク、ブリュッセルなど他の大都市ではすでにホームレスに関する統計が取られており、具体的な対策に生かされているようだ。

例を挙げると、パリでは2017年に行われた「Nuit de la Solidarite」(「連帯の夜」)というアクション後に女性のホームレスに対する緊急避難場所の数が増設されている。このアクションにより、ホームレスの女性の割合が2%ではなく、12%であることが明らかになったためだ。

ベルリンでもパリ同様、救助システムのオプティマイズを図りたい。パリの調査に同行したスザンネ・ゲレル教授(Susanne Gerull)はそう考えている。彼女はベルリンのアリス・サロモン専門大学(ASH Berlin)で「社会活動における理論および実践」を専門としている教授である。

Nacht der Solidarität

「Nacht der Solidarität」(「連帯の夜」)は1月29日から30日の夜22時から1時まで行われ、3727人のボランティアが道や広場、公園などにいるホームレスに声を掛け、出身国・年齢・男女比などを調べることになっている。

このアクションによる結果以前に、スザンネ・ゲレルはベルリン市に支払い可能な住居の確保と、既存する住居を経済的、社会的弱者にとってアクセス可能にすることを提案している。

「住居を持つことは基本的人権だ。」と貧困の専門家はいう。

住居問題の解決策としては、Housing First Berlinというモデルプロジェクトがすでに2018年10月にスタートしている。基本的なアイデアは90年代にアメリカで始められたホームレスのための住居斡旋事業である。

このモデルプロジェクトはベルリンの教会系福祉団体であるStadtmissionおよび青少年やホームレスへのサポート団体であるNeue Chance gGmbHによって運営されている。

Housing Firstの主な活動は年間に少なくとも40人のホームレスに賃貸契約付きのアパートを手配する、というものだ。住居の確保と同時に専門チームによる個々のニーズに合わせたサポートも受けられるようになっている。

家の近所の公園や最寄りの地下鉄で寝泊まりするホームレスの人々。彼らが今後、どうなるのか1月末以降の動向が気になるところだ。

参考サイト:www.berlin.de/nacht-der-solidaritaet
Berliner Woche: Nacht der Solidarität: Berlin will seine Hilfsangebote für wohnungslose Menschen verbessern

Drohbriefe und Stalking / 脅迫状とストーカー

ツイッターでストーカーの話が少し出たので、ドイツのストーカー (Stalking / Nachstellung) 事情について少し調べてみた。

その前に、実際に自分がベルリンで体験したストーカーまがいの出来事について書いてみよう。

ベルリンにやって来て2年半くらい経った頃だろうか。友人の頼みで受けた新聞のインタビュー記事などにも原因があったように思うが、ある日、自宅アパートの郵便受けに手書きの小さな紙が入っているのに気が付いた。

なぜかご丁寧にかなり下手な英語で書かれており、鉤十字マークがいくつか入ったものだった。

何がよくないかと言えば、郵便で送られて来たものではなく、直接投函された紙切れだったということだろう。

今から思えば、完全に個人を狙ったストーキングである。

しかもそこに書かれていたのはかなり物騒な話であったので、翌日大学にその紙切れを持って行き、講義を一緒に受けていたドイツ人学生に見せてみた。

「これは家にひとりでいたらヤバイでしょ。今日は一緒にいてあげるよ。」

と、何人かの学生が家に来てくれたのを覚えている。

すると、なんとその翌日にまた紙切れが投函されていたのである。

「お前は、昨日の20時に家にひとりでいなかっただろう。〇〇すぞ!」

いやいやいや、大概物騒である。例のマークは相変わらず書かれたまんま。

なぜ、家で誰かと一緒にいたと分かったのだろうか。同じアパートの住人ではないかと考えた。そうであれば、こんなところに住んでいれば何をされるか分かったものではない。

仕方がないので、当時家族のようにお世話になっていたドイツの父に相談してみた。

「出来るだけ早くその家を出なさい。」即答である。

ひとりで住むのが不安であれば、家に来ていい、とさえ言われた。感謝しかないではないか。結局、父のような存在であった方の家で共同生活を始めるきっかけになったのだが、その父の息子も改装中のアパートがあるから住めばいい、と言ってくれたりもした。プレンツラウワーベルクの給水塔のすぐ側にあったアパートだ。

警察でも事情を説明したが、その時に言われたのが、ストーカーはほとんどの場合が自分の知っている誰かである場合が多い、ということだった。

思い当たる人はいますか?と聞かれたが、思い当たるわけがない。

その件が最初で最後だったわけだが、ドイツにもこのようにストーキング行為をするものもいれば、ストーキングの被害にあう人もいる。私のケースは相手が明らかに外国人に対する敵対心丸出しだっただけに非常によろしくない。

ドイツにおけるストーカーの件数を現す統計グラフを見つけたので参考までに貼っておこう。

ドイツにおけるストーキングの件数は連邦刑事庁(BKA)によると年々減少方向にある。刑法典(Strafgesetzbuch)はストーカーを他人をその意思に反して付け狙い、その人物を暴力で脅す行為だと定義している。

2015年には2万1070人がストーキングの被害に遭っている。統計に加えることのできない届出のない件数を足せばその数はさらに増えるだろう。

女性が男性の4倍ほどの割合でストーキングの被害に遭っていることが統計庁のデータで見ることができる。また、ストーキング被害の37%が以前のパートナーによるものだということだ。

参照記事:Stern / Diese Grafik zeigt, wie viele Menschen Opfer von Stalking werden

Brautraub / 誘拐婚

「誘拐事件」というキーワードがまだ頭に残っているせいなのか、今朝ツイートを眺めていたらジョージアの山岳部においていまだに存在する誘拐婚の記事に関する投稿を見かけた。

ジョージアのトビリシがトレンドになっている、というのもTL上で話題になっていただけになんとも不思議な組み合わせだった。

ジョージアと誘拐。

リンクとして貼られていたのは2010年に書かれたニューズウィーク日本版のもの。

グルジア北西部に広がるスバネスティ地方のカフカス山脈に存在するある「伝統」についての記事だ。

ゼモ・スバネティ(Zemo Svaneti)は96年にその建造物群が世界遺産にも登録されている。トビリシからはマルシュルートカ(маршрутка)という旧ソ連圏諸国でよく見られる小型の乗り合いバスで12時間ほどの距離にあるらしい。

写真で見る限り、自然の豊かな美しい山岳地帯である。

だがカフカス山脈は古くから、スバネティの女性たちを外界から遮断し、その未来を閉ざす存在でもあった。好きでもない男に誘拐され、レイプされた揚げ句その相手と結婚する—-こんな恐ろしい「伝統」が現在まで続いている。誘拐される割合は女性の3人に1人に上る。

女性たちは家族の元から誘拐され、中世から残る石塔の中に隔離され、最終的に結婚させられる。

誘拐犯と結婚 それが私の生きる道 NEWSWEEK日本版より

誘拐された上、石塔の中に隔離され、最終的には結婚を強制される。一体、いつの時代の話なのだろうと首を傾げてしまいたくなるが、現在に至るまで続いている「伝統」だとされているというのだ。

誘拐された女性が隔離される石塔は、かつて侵略者の攻撃を防ぐ住居だった

Photographs by Stephane Remael

自分もかつては誘拐婚の犠牲になり、今では娘を持つ母親が「自分の娘が誘拐されるくらいなら死んだ方がましだ。」というコメントに何とも言えない気持ちにさせられた。

Ushguli community, Svaneti, Georgia Photo by Florian Pinel

続いては、グルジア(ジョージア)、誘拐婚というキーワードで検索してヒットした記事についての紹介である。

中央アジア、キルギスタンでも同様の誘拐婚というのが横行しているらしい。

実際に誘拐婚の犠牲になった女性たちの声を拾っている映像を見つけた。

「私の母は結婚のために誘拐されました。私の姉もそうです。ほとんど全ての親戚が誘拐されているのです。」とこのショートフィルムでキルギスの若い女性は告白する。彼女も16歳で誘拐され結婚を強要されている。「私は結婚について何も知りませんでした。彼を愛していなかったので、それは難しいことでした。与えるより他に選択肢はありませんでした。でも、私の心を与えることは決してありませんでした。」

キルギスでは10人中1人の女性が18歳未満で結婚している。国連人口基金(UNFRA)の調べによると、誘拐婚によって多くの子供の婚姻が起こっているということだ。

しかし、誘拐婚はキルギスでは違法である。2013年以降、婚姻の強要は7年までの禁固刑の対象となっている。それにもかかわらず、実際には誘拐婚に携わるものが罪を追求されることは稀なのだという。

キルギスでは誘拐婚について認知を広げるために、ドキュメント映画プロジェクトが進行中だ。声を上げなければ希望はない、誘拐婚をいずれ過去のものにしたい、という思いでこのプロジェクトは進められている。

参照記事:ニューズウィーク日本版 / 誘拐犯と結婚 それが私の生きる道
Girls not brides / The child brides of Kyrgyzstan: kidnapped and forced to marry

Willkommensklasse / 移民・難民のためのウェルカムコース

以前から気になっているウェルカムコースについて、過去の新聞記事などの情報を参考に少しではあるがまとめてみようと思う。

こちらの記事は2017年3月31日付のターゲスシュピーゲル

Es ist eine große Herausforderung, die Berlins Schulen zu bewältigen haben: Wie integriert man die seit 2015 sprunghaft angestiegene Zahl von Kindern und Jugendlichen ohne Deutschkenntnisse, so dass sie möglichst schnell am normalen Unterricht teilnehmen können?

2015年以来、爆発的に増えたドイツ語知識のない子供そして青少年たちを短期間でいかに正規授業に参加させることができるのだろうか。これがベルリンの学校に与えられた大きな克服すべき課題だ。

Der Tagesspiegel / Wie erfolgreich sind die Willkommensklassen?

まず前提として、正規授業のための教員の数が慢性的に不足しているのがベルリン市の状況である。その上さらにドイツ語の知識がほぼゼロの移民や難民の子供たちにドイツ語を教えようとウェルカムコースが設置されているわけだ。

Nachdem es 2016 vor allem um die Frage ging, woher man die Räume und die Lehrer für all diese Kinder bekommen sollte, gerät nun eine andere Frage in den Vordergrund: Was kommt nach den Willkommensklassen?

2016年にこれらの子供たちの教室や教員の確保について問題になったが、別の問題が浮上した。ウェルカムコースの後には何が起きるのだろうか、ということだ。

Zwar vermeldet die Senatsbildungsverwaltung, dass 60 Prozent der Kinder im Grundschulalter den Übergang in die Regelklassen in weniger als sechs Monaten schaffen und weitere 19 Prozent auch nur sechs bis neun Monate brauchen. Aber was ist mit den anderen Grundschülern – mit jenen 20 Prozent, die nicht so schnell mitkommen? Und mit all jenen, die zwar nach sechs oder neun Monaten wechseln, aber in der Regelklasse „untergehen“?

ベルリン市教育局によれば、小学生の年齢である児童の60%が半年未満で正規授業を受けられるレベルに達し、さらに19%が半年から9ヶ月で授業が受けられるようになったという。しかし、その他の小学生についてはどうだろうか。その他20%の早く学べない子供たちについては?それに、6ヶ月から9ヶ月で正規授業に移行したものの、そこで「落ちこぼれてしまう」児童についてはどうだろうか?

Der Tagesspiegel / Wie erfolgreich sind die Willkommensklassen?

教室や教員の確保についてはともかく、ウェルカムコースを受ける児童の進歩もバラバラな上、正規授業を受けられる程のドイツ語力を短期間で何とか身につけたとしても、そこから落ちこぼれる子供たちが多いというのが実情ではないだろうか。

言葉の問題以上に、日常生活における文化的な相違や、学校生活における暗黙のルールなどを理解するに至っているのだろうか、と記事を読んでいて感じた。

ただでさえ教員不足の中、ウェルカムコースでそこまでカバーしきれているとは到底思えないからだ。体育の先生が一番授業時間数が少ないので、急遽ウェルカムコースでドイツ語の授業をするように言われた、という話まであるくらいだ。

さて、以下の内容は小学生ではなく、もうすこし年齢層の高い子供たちに関する記事になる。

2017年7月23日付のモルゲンポスト紙によると、未成年者の難民はベルリンの学校でウェルカムコースの授業を受けている。彼らは正規授業が受けられるか職業準備コースを受講できるドイツ語力が付くまでウェルカムコースに留まる。

ベルリン市教育局(Senatsbildungsverwaltung)によると8800人が748のウェルカムコースで学んでおり、このモデルはベルリンの統合政策の中でも非常に重要な基礎となっている。

ふと気付けば、アレクサンダー広場に警察が駐在するようになっていたが、これは広場がここ数年で難民たちの溜まり場になりつつあり、グループ間の抗争がエスカレートしているためだという。警察官だけではなく、ソーシャルワーカーも配置されているという。

教育局の話では、難民の背景を持つ子供たち、そして青少年らの多くはトラウマを抱えてドイツにやってくるという。「そのトラウマによってウェルカムコースでも、学習困難や社会的行動障害などが明らかになるケースがあるのです。」

もう少し、ウェルカムコースの全体像を把握したいと思っているのだが、なかなか内情が見えてこない印象を受けた。何とか現場で関わる教員の方にお話を伺ってみたいものである。

参照記事:Berliner Morgenpost / Viele Flüchtlinge lernen nicht schnell genug Deutsch
Der Tagesspiegel / Wie erfolgreich sind die Willkommensklassen?

タイトル写真:picture alliance / dpa

Tühringer Landestagswahl / チューリンゲン州議会選挙

政治の話はどちらかといえば苦手である。

先日、たまたま、というよりは週末に議会選挙を控えていたタイミングだからメディアが報道したのであろう。「現在、チューリンゲンの小学校では授業がありません。」というFDPの第一候補者の発言を目にしたので、チューリンゲン州の小学校で休講が続いている話をブログでも紹介した。

ブログを書きながら、義務教育である小学校の授業すらままならない状況であれば、東ドイツ時代はよかった、と懐古主義に向かう人々がいてもおかしくないのではないか、と思ったりもした。

日常生活の中で、こういった小さな不満や不安が少しずつ積み重なり、それが気付かないうちに一つの大きな流れになっていくのではないだろうか。

チューリンゲン州の選挙結果は驚くべき、そしてまた一方ではある程度覚悟していたものになった。非常に残念だし「やはりそうなるのか。」と心底がっかりさせられた。ドイツ人はもう少し思慮深いはずだと、どこかで期待していたからだろう。

壁崩壊から30年。第二次世界大戦からだと70年以上が経つ。歴史は風化する、とよく言われるが過去の歴史を「なかったこと」にするような発言がドイツでも日本でも頻繁に聞かれるようになってきたのではないか。

wahl.tagesschau.de

AFDが第二党に躍り出た、ということもそうだが、チューリンゲン州のAFD党首であるビョルン・ヘッケ(Björn Höcke)はあからさまに極右的な発言(völkische Rede)をすることなどにより、AFD党内でも問題視する党員がいるほど「民族的」なのだ。

このvölkishという言葉だが、参考までにDudenの定義を引用しておこう。日本語でも「フェルキッシュ」の説明文がウィキペディアに出ている。

Duden: völkisch

2017年にドイツで行われた総選挙の2ヶ月後、ヘッケがベルリンにある虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」(Denkmal für die ermordeten Juden Europas 、通称:ホロコースト記念碑)を「恥のモニュメントだ」と発言したことに対し党内の執行委員から懲戒処分を受けている

この発言を受け、アーティスト集団の活動家たちがヘッケの自宅前の空き地を購入し、ホロコースト記念碑のレプリカを作ったことは別記事「アートと政治の関係」でも触れたことがある。

今回のチューリンゲン州議会選挙に関する記事を色々と読んだ中でも、わかりやすくまとまっていたTagesschauの記事の一部をここで紹介しておきたい。

これほど多くのAfDへの投票を普通にしてはならない

この事実は特に決定的だ。なぜならチューリンゲンは政治的な普遍性の終わりを示したからだ。AfDは4つ目の旧東ドイツの州で第二党となった。しかもAfDが極右グループとして強い「派閥」を形成しているチューリンゲン州でそれが起こったからである。党首のビョルン・ヘッケは国家社会主義を180度の懐古主義でもって無害なものとした人物だ。連邦憲法擁護庁はこの「派閥」を監視しており、党内でも強い極右の流れに対して批判が起こっている。

Tagesschau / Politische Lähmung nützt nur der AfD

この記事ではチューリンゲン州議会選挙の結果はこれまでの古い政治慣習を打ち破ったとある。

これまで左派党(die Linke)といえば、プロテスト政党、東独時代の社会主義統一党(SED)の後継、全てを社会主義的な色に染めたい政党、薄汚れた子供のようなどの政党にも相手にされない政党であった。その左翼党が政治を行えるのだ。

同上

左翼党のイメージ描写もなかなか手厳しい。

CDUやSPDといった二大政党が大幅に得票率を下げているのも特徴的だ。すでに2017年の連邦議会選挙でその傾向が見られたが、さらに拍車をかけた結果となっている。

ブランデンブルク州やザクセン州に続き、旧東ドイツ地域におけるCDUの求心力低下は明らかだ。

11月7日に選挙結果が確定する。

余談になるが、西ベルリン出身の相方は「こんなニュースを聞くと、正直ザクセン州やドレスデンなどへ敢えて行きたいと思わなくなるね。ほら、*オッシー(東ドイツ人)とか*ヴェッシー(西ドイツ人)という言い方があるけど、僕はヴェッシーなわけで。」と漏らしていた。

*Ossi und Wessi :東ドイツ人出身者や西ドイツ人出身者をそれぞれ揶揄した言い方

知り合いのドイツ人の音声マンも昨年のケムニッツでの極右グループデモ取材の際に初めて身の危険を感じたのだそうだ。PEGIDA(「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者」)やAfDが「嘘つきメディア(Lügenpresse)」などのシュプレヒコールを掲げる影響だと思われる。

ベルリンの壁崩壊から30年。目に見えない東西の壁はさらに強固になっているのかもしれない。

Klimaschutzprogramm 2030 / 気候保護プログラム2030年

スウェーデンの気候変動活動家グレータ・トゥーンベリ。彼女の抗議活動に触発され、Fridays for futureと呼ばれるデモ活動は欧州内に留まらず、世界的な抗議活動へと発展している。

明日25日の金曜日にドイツ各地で予定されているデモ開催地のマップが以下である。ベルリンでも12時よりInvalidenparkをスタート地点に行われる予定だ。

Fridays For Futureドイツ HPより

毎週金曜日に行われるようになった若年層を中心とした抗議活動。息子の小学校でも「クラスでデモに参加できないか?」といった案が保護者から出たほど市民の関心も高い。

自主的に学校の授業を休んでデモに参加するという抗議活動だが、ドイツ国内の専門家や科学者もその抗議内容を支持する表明を出したりと活動をサポートする動きが高まっている。

Sientists for Furtur HPより

我々は「未来のための科学者」(Sientists for Future)が連邦持続可能賞2019年を受賞したことは非常に喜ばしいことだと考えています。「グレグレゴア・ハゲドーン博士および「未来のための科学者」は「未来のための金曜日」(FFF=Fridays for Future)の活動に対して本質的な賛同の意を公式に表明しました。このことはFFFがたった数ヶ月でドイツ国内の気候保護および気候変動へのこれまでに見られなかった規模で公的な注意を喚起することに繋がったのです。

S4Future, 2019.10.21

そんな中、毎週金曜日にデモは地道に続けられており、政治家も無関心でいるわけにはいかない状況を生み出しているのだ。

連邦議会報道官および連邦政府報道局長(Sprecher der Bundesregierung / Chef des Bundespresseamtes (BPA)、シュテフェン・ザイベルトが10月23日のツイートで気候保護にとって大切な一歩、として国内のCO2排出取引システムの導入とCO2排出に対する基本的な料金設定について投稿している。

いよいよ、来たか。これはじりじりと値上がりするぞ、という感じのグラフィック。

海外在住組として一番気になる長距離フライト料金についてはこのようになっていた。

Klimaschutzprogramm2030 / Aktuelles 連邦議会HPより

欧州内の航空運賃税は5,53ユーロの値上げで13,03ユーロに。6000キロメートルまでの中距離フライトについては9,58ユーロの値上げで33,01ユーロに。長距離については17,25ユーロの値上げで59,43ユーロになる見込みである。

従来の税率は2020年4月より値上げされる。連邦政府はこれにより環境に優しい交通利用を促す効果を期待している。同時に自然保護プログラム2030年に必要な税収も見込んでいる。フライト料金の値上げに伴い、逆に列車のチケット料金にかかる消費税は19%から7%に引き下げられる。

ここで全てを網羅することはできないが、興味のある方は連邦議会のHPに気候保護プログラム2030の概要というまとめサイトがあるのでチェックしてみては。

今後はまた気軽に海外旅行に出られなくなる日が来るかもしれない。利便性と環境破壊は密接に結びついているということなのだろうか。色々と考えさせられる。

Naturkatastrophe / 自然災害の爪痕〜台風19号〜

ここ最近、毎年のように起こる日本での自然災害。

10月初旬に発生し、日本列島に上陸した台風19号は広範囲に渡り大きな爪痕を各地に残している。今後の復旧作業にもずいぶんと時間が掛かるだろう。

これだけ立て続けに自然災害が起こるようになると、復興作業に復興作業が重なり、いつまで経っても日常が戻らない地域が出てくるのではないかとさすがに心配になる。

2011年に起きた東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の問題だって、実際はまだ何も解決していないのだ。

ツイッターのタイムラインを見ていると、台風一過でまだ水没している地域がたくさんある中、すでにラグビーの話で盛り上がっていたりもする。

そのあまりの「パラレルワールド」振りに疑問を感じないでもない。

日本の母親と今朝、ラインでメッセージを交わした。関西在住のため今回の台風では直接的な被害は受けなかった。

それでも「ほんまどこにいても、いつどうなるかわからないわ。」と呟いており、まさにその通りだと感じさせられた。

南海トラフ地震もいつ来るのか誰にもわからない。日本は災害列島なのである。

ずいぶん前に日本のテレビの番組でミュンヘンに本社を構えるミュンヘン再保険会社を訪れて話を聞いたことがある。その時に印象的だったのが、日本、特に東京が世界最大のリスクを抱えた都市であるという説明だった。

その原因となっているのが、地震や台風などの自然災害の頻度と人口密度だ。

今回の台風では都心部だけでなく、地方でも甚大な打撃を受けている。

長野市内を流れる千曲川が氾濫したため、JR東日本の「長野新幹線車両センター」が浸水し、留め置いていた北陸新幹線の120両が浸水。被害は全車両の3分の1にのぼるのだそうだ。1編成12両を製造するのにおよそ32億8000万円かかるということなので、120両が廃車になれば巨額の損害が出ることになる。

まだまだニュースでカバーしきれない多くの地域で浸水したり、家が倒壊したりしているはずだ。身内の家が被害に遭っていたらと思うと本当に他人事ではない。

ドイツからでは本当に何の力にもなれないのだが、せめて少額でも寄付しようと思う。どこに募金をしようかと思っていたら、FacebookでHIKAKINさんの動画が流れてきたのでYahoo!基金にすることに。

Yahoo! JAPAN ID登録が必要だが、ドイツのクレジットカードでも募金できるのでドイツ在住でも簡単に手続きができる。

寄付が2倍】令和元年台風19号緊急災害支援募金
(Yahoo!基金)

一刻も早い復興を願っております。

タイトル写真:気象衛星が捉えた、11日10時50分の台風19号(気象庁提供)=共同

Invalidenstraße / ベルリン市内の交通事情

近所に毎日のように足を運んでいるスーパーがある。

そこから目と鼻の先の交差点で先月9月6日に大きな交通事故があった。

金曜日の夕方7時ごろ。普段ならとっくに家に帰ってご飯を食べている時間だが、その日はベルリンの見本市会場で撮影の仕事が入っていた。相方が仕事帰りに車で息子をクラスメートの家に迎えに行き、帰途につこうとしていた。

Invaliden通りを走っていると、数百メートル先で一台の車が宙に浮いたのが見えたのだそうだ。

異変に気付いた相方はすぐにUターンして家に戻ったのだという。

その日、私が帰宅したのは21時を回っていただろうか。翌日、相方はそんな話をポツリとしていた。

結局、ポルシェがフルスピードで反対車線に突っ込み、歩道を歩いていた歩行者4名が犠牲になるという惨事だったことが明らかになった。犠牲者の中には3歳児もいた。

ポルシェは空き地に立っていたフェンスに激突して止まったのだそうだ。事故現場には1ヶ月経った今でも献花する人が後を絶たない。

私も長男と一緒に事故現場に向かい、花を置いて手を合わせた。もしかすると巻き込まれていたかもしれない、そんな気持ちからでもあった。

それくらい、ほぼ毎日通る人通りの多い場所で周辺には小学校がいくつかあり、通学路にもなっているような通りなのである。

ただ、普段からこの通りを自転車で走るのには若干、抵抗があった。両脇に車が駐車されていて道が狭い上に、トラムの線路が走っているためとても走りづらいのである。交通量も並行して走るTor通りよりは少ないが、それでもかなり多いほうだ。

北駅の辺りは道路工事が行われた結果、自転車道が整備されており、そこまで行けば車を気にせず走れるようになる。問題はその手前のBrunnen通りから北駅までの区間だ。

この事故が起こった後に地域住民が行動を起こすのにそれほど時間は掛からなかった。

署名を集めるポータルサイトChange.でユリアン・コップマンさんが「インヴァリーデン通りの小学生および幼稚園児のための安全な道を」というキャンペーンを9月12日に立ち上げると、1万3000人以上の署名が集まった。

change.org上のキャンペーン

事故の原因そのものは、42歳のドライバーに持病があったためとされてはいるが、今回の事故でこれまでの道路状況を見直す必要があると目が覚めたのだという。

短期・中期・長期的な対策として、コップマンさんは道路事情の改善を求めている。

9月27日には赤の市庁舎にてベルリン市長のミヒャエル・ミュラー、交通担当議員のレギーネ・ギュンター、ミッテ区長のシュテファン・フォン・ダッセルとの話し合いが実現。

これにより、Invaliden通り(Brunnen通りから北駅間)の自転車道路の確保が取り決められた。それに加え、この間の速度制限を30Kmにする方向だという。

これだけ早く市政が動くのは珍しい。学校問題も早急になんとかしてほしいところだが、人命に関わる案件となるとベルリン市も見過ごすわけにはいかないのだろう。

自転車道路の確保については今年中の実現を目指しているが、間に合わない場合は一時的な緊急対策も視野に入れている、とミッテ区長。

中期的・長期的な道路工事によって、これまで路駐されていた周辺住民の車が駐車できなくなるという問題も出てくる。

どちらにせよ、これまで自転車で通るのを避けていた道に自転車専用道路ができるのは喜ばしいことであるし、通学する子供たちの安全が確保されるのであればそれに越したことがない。

市民の声がこうしてダイレクトに届く政治にはどこか安心感がある。