ドイツの中絶法を巡る最近の動向

タイトルテーマでインタビューがいくつか入っているので、情報を整理するという意味合いでこちらのブログにまとめてみることにした。

導入として、まずは簡単な歴史背景に触れておこうと思う。

まず、今日施行されている中絶に関する刑法218条は、1995年8月21日に施行された「妊娠及び家族支援改正法」(Schwangeren- und Familienhilfeänderungsgesetz)が改正されたものだ。その際に、カウンセリングの提供義務(§218a para.1 StGB)によって補足され、妊娠第12週までの時間制限モデルおよび医学的・犯罪的兆候の解決方法の組み合わせという形でこれまでの内容が妥協された(§218a para.2 and 3 StGB)。激論の末、「妊娠葛藤相談」(Schwangerschaftskonfliktberatung)を受ければ、堕胎罪が適用されない妊娠中絶を認めるという制度が作られたということになる。

ドイツの法的伝統では、妊娠のあらゆる段階における胎児の生命の保護は、倫理、キリスト教信仰上の理由、医学生物学的側面から正当化され続けている、と言える。しかし、社会情勢の変化や現代の多元的社会における公認教会の影響力の低下により、中絶刑法の根本的な改革と自由化が可能なものとなりつつある。とはいえ、ドイツでは特に強固な「胎児の生命権」の主張が根強く存在し、中絶法改正に反対するデモなども頻繁に行われている。

最近の出来事で重要な動きとしては、219a条の廃止に繋がる一連の動きであろう。

ギーセンの開業医であるクリスティナ・へネル(Kristina Hänel)は、1956年8月5日カッセル生まれ。この医師は、中絶を宣伝した罪(§219a StGB)で起訴され、罰金の判決を受けたことで全国的に有名になった。ここでいう、「中絶を宣伝した罪」というのは彼女がHP上で中絶に関する情報を開示したことを指す。

2009年以降、ヘネルには妊娠中絶を宣伝した疑いで3件の予備捜査がかけられていた。度重なる控訴と有罪判決および罰金の言い渡しなどを経たが、2021年1月の高等地方裁判所の控訴棄却を受け、彼女は憲法上の訴えを起こした。 そして、2022年6月、ドイツ連邦議会はヘネルの出席のもと、刑法の219a条を廃止し、彼女と1990年10月3日以降、有罪判決を受けたすべての医療従事者の名誉を回復させた。

一人の開業医師の行動が多くの共感を呼び、15万人以上の署名が国会議員に手渡され、そこから4年半の歳月と政権交代を経て、緑の党、SPD、FDP、左派および数多くの団体とともに刑法219a条の廃止がようやく実現したのである。

アメリカにおける一部の州での中絶禁止法の施行や、ほぼ全ての人工中絶を禁止するというポーランドの現状を鑑みても、ドイツ国内における中絶法の一部改正は、例えそれが小さな一歩だとしても評価に値する。情報開示の他にも、原理主義的な反対者やプライベート侵害に対する批判、無料の避妊薬の提供、中絶相談の義務化廃止などを巡る議論が続けられている。

219a条の廃止を受けて、ベルリン市内でも生存権のための連邦協会(Bundesverband Lebensrecht)による「命のためのデモ」が2022年9月中旬に開催され、それに対するカウンターデモも同日行われた。

また、2022年9月末にはドイツ全国区でSafe Abortion Day「安全な中絶のために」というアクションデーも開催された。ドイツ国内で女性の自立決定権やジェンダーに関する様々な議論が活発になっている印象を受ける。今後、現状の中絶法やその他の法律がどのように改正されていくのか、動向が気になるところだ。

簡単にまとめられる内容のテーマではないので、まだまだ書き足りないところではあるが今日はこの辺で。

参考サイト:
クリスティナ・へネルさんのHP: https://kristinahaenel.de/page_start.php
Safe Abortion Dayの告知サイト:https://safeabortionday.noblogs.org/
生存権のための連邦協会サイト:https://www.bundesverband-lebensrecht.de/marsch-fuer-das-leben/
へネルさんの起訴に関するシュピーゲル誌の記事:https://www.spiegel.de/panorama/justiz/kristina-haenel-umstrittener-abtreibungsparagraf-aerztin-reicht-verfassungsbeschwerde-ein-a-4cbb62a7-c7fa-40cf-90b3-fc395bb4979e
「生命をめぐる葛藤-ドイツ生命倫理における妊娠中絶、生殖医療と出生前診断」日本生命倫理学会による書籍紹介:https://ja-bioethics.jp/column/book20210724/



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