ベルリンにおけるソビエト戦勝記念日

先日、ベルリン東部のトレプトウ公園内にあるソビエト戦争記念碑前を中心に取材を行った。撮影日は5月9日。テーマは「ウクライナとロシアの戦争」であるが、同日にモスクワで例年行われている戦勝パレードに合わせた世界各地からの中継とニュース番組のための取材だった。

ここを訪れたのはもうずいぶんと前になる。歴史に興味のある人は別だが、ベルリンの観光地と呼ぶには少し特殊な場所なのではないかと思う。ベルリンの街を紹介するなら、間違いなくブランデンブルク門の方がわかりやすい。

ベルリンに来た年に、なぜかロシア人の知り合いができた。そして、彼らにソ連軍の駐屯場跡やトレプトウ公園の記念碑を見せてもらったことがある。初めてここに来たときは、まずその大きさに驚いた。スケール感がモスクワのそれとどことなく似ている。とにかくやたらめったら大きくて威圧感があるのだ。

トレプトウ公園内にある戦勝記念碑

さて、この戦争記念碑だが、 第二次世界大戦後の1946年から1949年にかけてソ連の「創造者集団」と呼ばれた建築家や彫刻家、画家や技師によって建設されたものである。第二次世界大戦後の集結からちょうど4年後に当たる1949年5月8日に落成した。

ベルリンには他にも、パンコウ地区にあるシェーンホルツァー・ハイデ、ティアガルテンの記念碑と合わせて3つの大きなソ連記念碑が建設されている。トレプトウの記念碑の敷地は約9ヘクタールあり、ドイツでも最大級を誇る。ここは追悼の場であると同時に、兵士の墓地でもある。トレプトウ公園内には7000人の赤軍兵士の墓があるのだそうだ。

このような象徴的な場所で行われた5月9日の式典に、「親露派」と呼ばれる人々が集まるであろうことは間違いないだろう。戦時中に行われる式典の警備はこれまでにないほど厳重なものだった。衝突を避けるためにベルリン市は国旗や軍のシンボルなどの使用を禁止することを発表。ウクライナ国旗の使用を禁止されたことについて、在ベルリンのウクライナ大使が講義の意を表明するなど、数日前から緊迫した様子だった。モスクワの式典における演説内容についても、ロシアの専門家による推測が寄せられていた。

そして、迎えた当日。9時開始の式典や集会開始に合わせ、少し早めに現場入りをした。午前8時の段階ではメディア関係者と警官の姿がちらほら見えるくらいだった。敷地内を繋ぐ入り口付近にはそれでもかなりの警察車両が配置されていた。報道によるとこの日に配置される警官の数は1800人。ただし、前日8日のデモや集会については特に衝突などもなく、平和理に終了していた。それもあってか、警官も特にピリピリした様子ではなかった。献花されている像の下を、警察犬2匹が調べているのが印象的だったくらいだ。

トレプトウ公園内にある兵士の像

雲ひとつない晴天となり、カメラのモニターが眩しすぎてよく見えないほどだ。予定の9時を過ぎたあたりから、人が正面の高台にそびえ立つ戦勝記念碑の前に集まり始める。どうやらロシア大使館の関係者などが集まってきているらしい。公式の集会については国旗の使用も認めるとあってか、ロシアやソ連の旗が見られた。

式典の様子を撮影し、落ち着いたところで出席している人たちに話を聞くことになった。言語はドイツ語。ドイツにはロシア系住民もかなり住んでいる。感触としては、ロシア系ドイツ人だと思われるアクセントの強い人たちにはインタビューを断られ、そうでないドイツ人が質問に答えてくれることが多かった。それでも、中にはドイツ語がそれほどうまくない、と言った男性もゆっくりと意見を述べてくれた。

今回のインタビューもそうだが、数年前にドレスデンのいわゆる極右デモの際にインタビューのことを思い出した。自分とは全く異なる意見を持つグループ。その集団の中にいるひとりひとりと話すことで、見えてくることがある、という事実だ。

今回、たった数人にしか話を聞いていないが、「戦争そのものには反対だが、一面的な西側寄りの報道だけだというのも問題だと考えている。特に8年前のドンバス地方で起きたことも、丁寧に報道されないばかりか曲解した報道が多いように思うからだ。」といった意見や「親族が昔、ナチスドイツの犠牲となった。ドイツが過去にやってきたことは恥ずかしいことだと思うし、現政権のやっていることにも納得がいかない。ロシア軍は正しいことをやっていると思う。それ以外、私に何が言えるでしょう」といった発言をした東独出身の女性もいた。

これまでの家族の歴史や育った環境、個人個人の経験によってひとつの物事に対する意見というものが形作られている。正しいとか正しくない、と一概に言えない何かがそこにはあるように感じるのだ。だからといって、いわゆる親露派といわれる人々の意見に賛同できるかといえば、それはまた別問題。ただ、自分とは違う意見を持つ人たちの声にも耳を傾けた方がいいような気がするだけだ。

国旗の使用が禁止されたおかげなのか、そこここで行われていた集会も特に目立ったアクシデントもなく。警官が手持ち無沙汰で暇そうに木陰に佇んでいたくらいだ。番組の制作ではないので、それほど長さが必要でもなく、予想より早い時間に撤収となった。

この日はフランスのマクロンがショルツを訪問していたらしく、ウクライナカラーにライトアップされたブランデンブルク門に姿を見せていた。これも一種の象徴的なアピールだったのだろう。ベルリン行政裁判所がウクライナの国旗の使用については一部の会場で急遽認めることにしたことや、モスクワで行われたプーチンの演説に関するニュースなども入ってきた。

東欧の専門家であるジュリア・フリードリッヒが言うように、今回のプーチンによる演説は「最もソフトなシナリオ」の一つであった。ロシアが毎年5月9日に祝う第二次世界大戦におけるソ連の「戦勝記念日」、今年はモスクワでの軍事パレードと、特にプーチン大統領の演説に注目が集まった。事前にいろいろな憶測が飛び交い、専門家の中には総動員を予想する人もいた。しかし、その不安は現実のものとはならなかった。

ロシアはドンバスに集中しているようだ。「プーチンは、いわゆる特別作戦の対象はドンバスであり、もはやウクライナ全体ではないという路線を追求し続けている。これは、少なくとも5月9日を戦争目的の拡大に使っていないことの表れと解釈できる。」

ドイツ国営第二放送ZDFのニュースより

ワルシャワでは式典中にロシア大使に赤い塗料を投げた人もいたそうだが、ベルリンではそういったこともなく「平和に」終わったのがせめてもの救いである。

1日も早い終結を願いつつ。

Нет Войне(戦争反対)、Мир(平和)と言うタグの付けられたカーネーションやウクライナの戦場の写真が置かれていた


ソビエト戦争記念碑:Puschkinallee12435  Berlin

参照サイト:https://www.visitberlin.de/de/sowjetisches-ehrenmal-treptow



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