Verein / ベルリンの水泳教室事情②

さて、長男の水泳教室がその後どうなったのかと言うと、去年の夏休み期間中に通ってはみたものの大して泳げるようにはならず、その後はプール改装工事のため慣れたトレーナーのコースを引き続き受講することもできず。ただただ参ったな、の一言。

そんな折、1年半程前からずーっと空きをまっていた地区スポーツクラブ(Sportverein)より初心者コースを新たに開設するとの連絡が入る。本来は週に2回のところ日本語補習校と重なるため週1ペースでゆっくり進めることになった。

こちらのスポーツクラブ、指導の仕方がBBBとは全く異なり、タツノオトシゴ級(Seepferdchen)を最短で取得させるのが目的ではなく、バタ足や背泳ぎの要素まで交えて丁寧に泳ぎ方を教える方針のようだ。トレーナーの数も子供の数に対して多く、もちろん水の中にも入って(!)きっちりと教えてくれる。

ドイツはこのスポーツクラブというものが昔から非常に充実しており、地域住民のスポーツ活動を推進している。一番の驚きは会員費の安さで、例えばBBBの45分x20回コースが140ユーロなのに対して、ベルリンの某スポーツクラブの方は月に10ユーロのみ。初回入会金として80ユーロ支払う必要があるが、その後は月にたった10ユーロで週に60分x2回、水泳教室に参加することができるのである。もちろんクラブ毎に若干の違いはあるだろうが、大体の目安として考えられるだろう。

サッカーチームを有するクラブも当然たくさんあり、ほぼ上記と同じ条件でサッカーを楽しむことができる。このドイツのスポーツクラブの歴史は相当古く、現存するスポーツクラブでドイツ最古のクラブは1814年5月に設立されたメッケルンブルクのTSV1814Friedlandなのだそうだ。

日本の学校が放課後にクラブを運営するのとは異なり、ドイツの場合はこのように学校組織とは全く別に地域スポーツクラブが存在している。

教師の負担などを考えるとドイツのスポーツクラブは市民がボランティアでトレーニングを行なっていたりと市民が作り上げる参加型形式であるといえるだろう。

伝統的なクラブにはスポンサーもたくさん付くようだ。クラブの収入源は主に、会員の年会費、郡庁と市町村からの助成金、クラブハウス(レストラン)賃貸料、スポンサー及び寄付などである。

と、このドイツのスポーツクラブについて語り出すと長くなるので、水泳教室の話に戻そう。今年の夏季休暇が終わる頃にそのスポーツクラブから連絡が入った。

ミッテ地区に隣接する地区でいくつものプール施設が同時期に改修工事を行うため、小学校の水泳の時間がまず優先される運びになりました。従って、15時から16時までの全てのコースが恐らく今後数年間(!)できなくなる見込みです。

ベルリンにありがちな展開である。まず、ベルリンの小学校には日本の小学校のように敷地内に運動会のできるような広い運動場もなければ、25mプールもないのが一般的なのである。

体育の授業で水泳の時間があるのは小学校3年生の1年間のみで、そこでタツノオトシゴ級を取るのが必須になっている。娘の小学校はバスをわざわざチャーターして小学校からそれなりに距離のあるプールまで移動していた。こういう条件下で、どうして数の足りていないプールの工事予定をずらすことができなかったのか疑問でしかない。

まだ余り泳げるようになっていなかった息子は15時からの初心者コースに通えなくなったのだが、トレイナーに掛け合ってなんとか16時から週1で通えるようにしてもらった。ドイツでは何かと諦めず掛け合うことが重要。

1ヶ月ほど経った今では超初級状態からは抜け出したらしく、顔見知りのいる16時からのコースに参加できることになった。結果的には良かったのだが1年半も待った挙句にまた通えなくなるのか、と連絡を受けた時にはかなりがっかりしたものだ。

ベルリンは子供の数に対して、保育幼稚園や小学校、その後のギムナジウム、そしてプールや水泳教室の数など挙げればキリがない範囲で慢性的に不足している状態が続いている。

スタートアップ誘致にばかり注力し、老人ホームに立ち退きさせてまでコワーキングスペースを乱立させている場合ではないと思うんだがいかがだろう。

目前の派手な投資だけでなく、未来への投資こそ必要なのでは?

ちょっと無理なまとめ方ではありますが、ベルリンの水泳教室事情でした。

*タイトル写真はポーランドのバルト海ですw

Der Weg zur Einschulung / 小学校入学までの道のり

今年の秋(2018/10/4-17)には、また来年度の新入生のための小学校申し込みの手続きが始まるので、少しでも参考になればと思い、私が手続き上経験したことをまとめておこう。最初に断っておくが、様々なケースが考えられるのであくまでもひとつの例として参考にしてもらえればと思う。
ドイツの他州の事情までは調べていないので、ここでは触れないがベルリンに限って言うと、小学校に上がる際、場合によってはかなり煩雑な手続きを踏む必要が出てくる。今年の入学申し込みついての詳細はこちらのリンクをご参照のこと。
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  1. 指定校「Einzugsschule」から入学案内が届く(入学届出期間開始1〜2週間前)
  2. 指定校に必要書類の提出(指定校入学届け、あるいは転校届けなど)→提出した際に学校医による検診「schulärtzliche Untersuchung」を予約する
  3. 指定校あるいは学校局「Schulamt」から2に対する通知が届く(翌年5月頃)
  4. 指定校への入学最終確認や希望する学校への入学が認められなかった場合には学校局に異議申し立てを行う「Widerspruch einlegen」
  5. 異議申し立てに対する返信など

例えば我が家の場合、長女の2015/2016の指定校区域が長男の学年2018/2019に動いてしまい、兄弟なのに同じ学校に入れなくなってしまった
基本的に住所によって振り分けられる指定校で諸々の手続きを行うのだが、指定校にそのまま入学を希望する場合はほぼ問題ないと考えてよいただ指定校区域変更などで、別の学校に転校届けを出した場合には「兄弟優先枠」などの優先順位というものがあり、仮に指定校区域が移動しても優先的に枠をもらえる、ということに建前上はなっている。

  1. 指定校区域内に住む児童
  2. 兄弟あるいは友人が在籍
  3. 学校の特別なカリキュラム(語学など)を希望する場合
  4. 仕事上のやむ得ない事情など
  5. その他の理由

ただし、ここ数年の状況を鑑みると、この2の「兄弟優先枠」が採用されることは実質上なくなりつつある。特に子供の数が多い地域だとほぼ不可能に近い状況だと言わざるを得ない。これまでは、異議申し立てが学校局によって却下された場合でも専門の弁護士を雇って訴訟すればほぼ勝てると言われていた。今回も実際に訴訟を勧めてくる人が何人もいた。しかし、あまりにも訴訟件数が増えるのに伴い、その状況にも変化があったようだ。
入学までの道のりを時系列に沿って見てみよう。


2017/9/20  指定校から入学案内が届く。この時点で長女と別の学校に指定校が変更になっていることがわかる。
2017/10/4  指定校を通して長女の通う学校に転校届けを提出
2017/12月上旬  学校医の検診を受ける。特に問題なし。
2018/6月上旬  5月中に届くはずの書類が届かないので、学校局及び指定校へ出向いて直接問い合わせを試みる。ここで初めて、手違いで全く届出をしていない別地区にある私立の小学校へ飛ばされていたことが判明、その上で指定校へは転校を希望している事情などを説明した上で指定校の枠を確保してもらえるよう交渉する。
2018/6 /14 兄弟枠が適用されず、長女と同じ学校へ通えない旨の知らせが学校局より届く。
*2018/6/16  ミッテ地区学校局でカビが発生し、職員が入学手続き書類にアクセスできない状態に陥っているとの報道
2018/6/18  これまでの経緯を指定校へ知らせたところ、その場で入学確定書を手渡しされる。転校希望先の学校には万が一空きが出た場合には連絡を入れてもらえるよう依頼しておく。
2018/6 /25 上記を踏まえ異議申し立てを行う。学校局、異議申し立てを受理。
2018/7/5-8/17  夏季休暇に入り、各方面への連絡が不可能になる。
2018/8/20  休暇が開けても学校局からは予想通り異議申し立てに対する返答は一切なし。指定校のオリエンテーション開始。転校希望先に再確認するも、可能性はほぼゼロとの返答。これ以上、先延ばしにしても意味がないと判断し、長男を指定校のオリエンテーションに参加させる。ここで、同じ状況の知人に会い、訴訟したが敗訴したとの報告を受ける。ここで初めて転校できる可能性は全くないと確信するに至る。
2018/8/25  指定校の入学式


とまあ、こんな具合である。一言で言うと、「指定校区域の変更」が諸悪の根源であるので、どうしても変更が必要なのであれば、兄弟が通っているか通っていないかくらいは事前に把握し、そこは考慮して頂きたいように思う。そうすれば訴訟件数も格段に減るであろうし、煩雑な手続きがかなり省略できるのではないだろうか。
「学校局に何回も交渉に行ったら希望校に入れた。」とか「訴訟さえすれば必ず入れる。」とか「学校局に出向いたが感じが悪く対応すらしてもらえない。」など、根拠もない噂が巷に溢れるものだが、あくまでもひとつのケースでしかないので、必ず自分で実際に確かめた上で、諸々判断されることをお勧めしたい。そして、通知がなかなか届かないなど、少しでもおかしいな、と思った時は放置しないで対処法を考えた方が安全だと思う。そもそも学校局というかベルリンの役所関係は人手不足などできちんと機能していないことが多い。
何はともあれ、息子は毎日楽しそうに学校に通っているので、「結果オーライ」である。兄弟別々の小学校に通うことになったので、またそれぞれの学校の違いなどについてもいずれ書いてみようかな。

Barfußpark Beelitz-Heilstätten / 裸足公園

夏休みなので、ベルリン郊外のお薦めスポット、ベーリッツにある裸足公園(Barfußpark Beelitz-Heilstätten)について。
以前から気になっていた、白アスパラで有名なベーリッツにある元サナトリウムの廃墟群。その広大な敷地内に2017年6月に裸足公園がオープンした。まだ完成から1年ほどしか経っていないので、施設も新しく公園内にあるカフェもなかなかいい。ランチにちょうどよい軽食もとれるし、ピクニックもできるのでとても便利。

ベルリンからのアクセスも良好で近郊列車REが1時間に1本出ているし、車でも約1時間ほどで着く。駅から人の流れに沿って歩いて行くと、敷地内に立つ廃墟が見えてくる。
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裸足公園の入り口に着くまで、このような廃墟がところどころに立っていた。
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廃墟ツアーなどに申し込めば、建物の内部にも入れるのだそうだ。これもいずれ体験してみたい。
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さて、この裸足公園、赤・青・黄色の3ルートに分かれていて、赤がハイライトがぎゅっと濃縮された全長1,2kmのショートコース、赤と黄色を併せた全長2,1kmのミドルコース、赤・黄色・青の全長3,1kmのロングツアーとから成っている。
角を取ったガラスの上を歩いたり、堆肥の中を歩いたり、普段の生活で甘やかされた足の裏には刺激がいっぱい。
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というか、かなり痛いw

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さすがに途中で足が痛くなるので、靴を入り口のロッカーには預けず、持って行くことをお薦めしたい。

アスレチック的な要素も入っているので、子供たちも大喜び。森の中を巡るコースなので、森林浴も出来てとても気持ちがいい。まつぼっくりの上を歩いたり、ココナッツの殻の上を歩いたりと足の裏も大変である。ツボ刺激にもなり健康にも良さそう。
全コース、60箇所のステーションがあるので大人も子供も十分に楽しめる。

この裸足公園は保養所パークプロジェクトの一環で、旧サナトリウム敷地内にある記念建造物の保存と観光を融合させたものとなっている。朽ち果て自然がはびこる廃墟群は木の上の散歩道(Baumkronenpfad )と併せて、多くの観光客を引き寄せているのだそうだ。
参考リンク:
https://derbarfusspark.de/
https://www.berlin.de/special/reise/brandenburg/news/4861872-767566-barfusspark-eroeffnet-in-beelitz-heilsta.html

Kaufhalle in der DDR / 東独時代のスーパー

ある夏日の日曜日。Japan Street Food祭りらしきものが文化醸造所(Kulturbrauerei)と呼ばれる元ビール醸造所を改装して作られたカルチャーセンターの敷地内で行われるというので、子供たちを連れて足を運んでみた。
お好み焼きや唐揚げ、たい焼き、プロペラ(じゃがいもを薄くスライスして揚げたもの)などを堪能した後、近くの公園に行ったが天候が崩れたこともあり、入場料無料のカルチャーセンター内にある博物館へ戻ることにした。
文化醸造所博物館(Museum in der Kulturbrauerei)はドイツ連邦共和国歴史博物館財団(die Stiftung Haus der Geschichte der Bundesrepublik Deutschland)によって、Alltag in der DDR「DDRの日常」というテーマの博物館として2013年11月にオープンした。
展示内容は東独時代の日常生活と社会主義統一党(SED)政権下におけるイデオロギー、管理メカニズム、圧迫感などの緊張関係にスポットが当てられている。
展示は数多くのドキュメント、映像、音声資料などによって構成されており、DDR時代のキオスクやバー、休暇の家なども再現されている。これら日常シーンの再現とともに、SED政権によるプロパガンダが人々の生活のあらゆる場面に侵入していたことを感じ取れるような工夫がなされていた。
どこか素朴な東欧のテイストが好きなのであるが、東独もまた然り。特に気になったロゴがタイトル写真の3人組のネオン看板だった。一緒にいたDDR出身の友人が「今のようにREWEやEDEKAというチェーンなどはなく、スーパーマーケットといえばKaufhalleだった。あのロゴはKaufhalleのものだよ。」と教えてくれた。
気になったので調べてみると、なかなか興味深い記事が出てきた。


Die gute alte Kaufhalle: https://www.mdr.de/zeitreise/kaufhalle-100.html
Am 26. September 1957 öffnete in Köln der erste Supermarkt. Er war nach amerikanischem Vorbild konzipiert und besaß eine Verkaufsfläche von 2.000 Quadratmetern. In der DDR wurde erst 10 Jahre später ein erster Supermarkt eröffnet – die “Kaufhalle”.
1957年9月26日にケルンで最初のスーパーマーケットがオープンした。スーパーはアメリカを手本にしたもので、売り場面積は2000m2だった。DDRではその10年後に最初のスーパーマーケットである”Kaufhalle”がオープンしている。


波上の屋根を持つホールの正面に素敵なKaufhalleのロゴと共にあの3人組が。左側にHOとあるので何かと思ったら、Handelsorganisation (HO)、商業組合の略だった。

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Kaufhalle in Greifswald Bildrechte: dpa

Kaufhalleでは所謂、”WtB” – “Waren des täglichen Bedarfs”パンやバター、果物、牛乳、ドラッグストア商品などの「日用品」が購入できたので、現在のスーパーマーケットやディスカウントショップなどに当たる。
ところがこのスーパー、SED党首ホーネッカーや副首相ミッタークらの休暇の家に近いという理由だけで、ほぼいつもベルリンのビールや新鮮な果物に野菜、その上南国フルーツであるアプリコット、バナナ、レモンといった他ではコネがないと手に入らない類の商品が並んでいたり、SED本部のあったベルリンは地方と比べると格段に品揃えが良かったり、というようなことがあったのだそうだ。
今でも、旧東独エリアではスーパーマーケットのことを俗語でKaufhalleと言ったりもするらしい。
たかがスーパー、されどスーパーである。


この博物館、思った以上に面白かったので是非足を運んでみて下さい。
博物館のサイトでDDR時代の展示品アーカイブがあったので、興味のある方は以下のリンクをご参考までに。ポスターや玩具、食器なども多数あるので見応えがあります。
http://sint.hdg.de:8080/SINT5/SINT/query?term=SIG

Altenheime in Mitte / 老人にはさようなら、スタートアップは大歓迎、のミッテ地区

郵便受けに投函される地区のフリーペーパー。目に止まったのは“Senioren raus, Start-ups rein”というタイトルだった。ベルリンのミッテ地区もいよいよ人間味が失われつつあるな、とがっくり。ジェントリフィケーションという言葉を多用したくもないのだが、最近のベルリンはまさに、そのオンパレード状態としか言いようがない。
問題になっているのはアレキサンダー広場とインヴァリーデン通りにあるSenioren-Domizilが1年以内に閉鎖され、テナントビルとして再スタートする、というニュースだ。平たくいうと、人気地区の一等地で老人ホームを経営するより、テナントビルとしてスタートアップなどにオフィスを提供する方が利益が格段に上がる、という単純明快な事実である。
こちらの老人ホームはBerthold Hecht氏による家族経営。彼によると、2019年の夏までに入居者に彼が所有する他の4つのホームにそれぞれ移ってもらい、現ホームが閉鎖した後はオフィスのみの使用になるということだ。このニュースがメディアに掲載されるやいなや、何件もの問い合わせがあったそうだ。というのも、どちらの物件も保護指定されている建築上重要な建物となっているからだ。
アレキサンダー広場付近の建物は東独時代にはベルリンの労働者のための病院(”Zentrale Poliklinik der Berliner Bauarbeiter“)だった。

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以前は「ベルリンの労働者のための病院」だった建物(Magazinstraße)/ Foto: Dirk Jericho)

一方、インヴァリーデン通りの建物は以前はバルティック・ホテルとして第二次世界大戦後から1990年まで労働組合のためのゲストハウスとして使用されていた。

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初期モダニズム建築:3階から5階まではひとつの窓につきひとつのバルコニーが備え付けられている / Foto: Dirk Jericho

Hecht氏は今年中に2020年以降のオフィステナントを決めたい意向だ。
この記事の冒頭に所有者の異なる老人ホームについても記述ががあるので、そちらについても検索してみる。
開発が進んだ2000年以降、観光客の激増したHackescher Markt。その中でも特に人の集まるHackescher Höfeの目の前に立つ老人ホーム”Residenz Vis à vis der Hackeschen Höfe”。2ヶ月ほど前にホームの下に入っていたスーパーのEdekaとドラッグストアのRosmannが撤退したのでおかしいな、と思っていたらビルの所有者が築20年ほどの建物を改装して、アパート、オフィス、店舗を兼ね備えたビルに建て替えることが決まったのだとか。

以前、目にした記事では2年間の猶予が与えられそうだ、となっていたのだが、なんと今月末まで(2018年6月)に245名の入居者がホームを明け渡さないといけなくなったらしい。
こちらの建物については特に保護指定などはされていない簡素な作りとなっているが、抜群のロケーションを利用して高級アパートや店舗、スタートアップ誘致などを目的に現在の建物を取り壊し建て直す計画だという。入居者のための2年間の猶予がどこに消えてしまったのかは全くの謎だが、残念なことにドイツには賃貸アパートの入居者を保護するような法律も特にないので、所有者の気が変われば退去せざるを得ないのが現状なのだろう。ひどい話である。
前回のホルツマルクト とは事情が異なるものの、ベルリンの今の現状がどこまで続き、ジェントリフィケーションが加速するのか全く予想も付かない。昔からベルリンに住む住民の生活が脅かされるレベルになっていることは疑う余地もない。
参考記事:
https://www.berliner-woche.de/mitte/c-wirtschaft/senioren-raus-start-ups-rein-zwei-weitere-altenheime-werden-geschlossen_a163337
https://www.morgenpost.de/berlin/article214106653/Investor-reisst-Altersheim-am-Hackeschen-Markt-ab.html

Schulmobbing / 学校でのいじめ問題

前回の続きで、もうひとつ気になったのが「学校でのいじめ」に関するTagesspiegelの記事。

もちろん、ここに書かれたことが全てではないだろうが何に驚いたのかというと、ドイツの首都ベルリンでドイツ人であるがゆえにいじめの対象になるケースがある、ということだった。


タイトルには「ドイツ人の豚と侮辱する」とある。

Als Schweinedeutscher beleidigt

„Unser Sohn besucht die vierte Klasse einer Schule in Mitte und wird seit dem ersten Schuljahr gemobbt. Er wurde beschimpft, geschlagen und getreten, weil er Deutscher ist. Mitschüler bezeichnen ihn als ‚Schweinedeutscher‘, ‚Schweinechrist‘ und als ‚deutsche Kartoffel‘. Auf seiner Schule sind hauptsächlich Kinder mit Migrationshintergrund. Die meisten sind Muslime.

Tagesspiegel: “Vom Krankenwagen aus der Schule abgeholt“

いじめの対象となった息子の母親がTagesspiegelの呼びかけに応え、自分の子供のケースを語ったものだ。

母親によると、息子はミッテ地区にある小学校の4年生。1年生の時からいじめはあったという。この男子生徒はドイツ人だという理由で、罵られ、殴られ、踏みつけられた。同級生は彼のことを「ドイツ人の豚」、「キリストの豚」、そして「ドイツのじゃがいも」と呼んだ。

この男子生徒の通う小学校の生徒はそのほとんどが移民背景を持つ子供達であり、その多くがムスリム(イスラム教徒)だということだ。

母親は息子が豚肉を食べるという理由で攻撃される、というのは我慢ならないと述べている。しかも、この家庭はベジタリアンなので肉は基本的に食べていないのだそうだ。

こんな記事を目にすると、同じミッテ地区に住み、もうすぐ小学生になる子供を持つ親としては背筋が寒くなる。記事に採り上げられたケースは氷山の一角でしかないだろうし、6歳かそこらの子供には余りにもつらい学校環境だ。

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IMAGO/PHOTOTHEK

ただ、最近気になるのはこういった人種差別的なテーマを扱った記事にドイツ人→外国人ではなく、移民(中でもアラブ系)背景を持つ外国人→ドイツ人 / ユダヤ人といったケースが目立ってきている点である。

実際にそのようなケースが増えているのかもしれないが、記事の扱い方次第ではドイツ人の移民に対する考え方がよりネガティブな方向になりがちなのではないだろうか。

ドイツではAFD(ドイツのための選択肢)のような極右政党とも言われる右派ポピュリスト政党移民問題についても強く反対している事などを受け、なし崩し的に公共の場での差別的発言などがまかり通るようになりつつあるのではないか。

それにしても、だ。余り自分の周囲では聞かない話とはいえ、このような学校環境、本当に何とかならないものか。

タイトル写真:DPA/PETER ENDIG
参照記事:“Vom Krankenwagen aus der Schule abgeholt“

Sakura im Sommer / 夏の桜

今日も夏日のベルリン。
ここ数年、ベルリンは冬から春を飛ばして夏になってしまうので、軽めのスプリングコートやサマーセーターの出番が全くと言っていいほどない。4月で半袖やノースリーブのワンピースなんて着たくもないのだが、それほど本当に暑い日が続いたりもするのだ。
毎年この季節になると、近所の公園には不自然なほど大勢の人が詰めかけ、所狭しと座り込んで一様に夏の日差しを楽しむようになる。そして翌朝には公園はゴミの山と化しているのだから、ある意味迷惑な話だ。
冬の長いドイツではこんなふうに暖かくなった途端、陽の光を求めて、ワラワラと人が戸外へ飛び出して来る。そして街もどことなくふわふわとお祭りムードで、カフェのテラス席も満席になる。
せっかくいい季節が来たというのに、昼間からブログを書いている場合じゃない、と言われそうだが、あいにく強烈な日差しの中、上半身裸でわざわざ公園で日光浴がしたいわけでも、寝転がってビールを飲みたい(ちなみにアルコールは全く飲めない)わけでもないのでコーヒーと共に涼しい自宅でこれを書いている。

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昨日の晴天で空っぽだったカフェの店内

一時期、自宅ではなくCo-workingスペースの利用を考えたこともあったが、併設カフェで英語しか通じなかったのと、特定のクラスタしか受け入れないようなスタンスに何だか気疲れしてやめてしまった。
最近のベルリンで残念に思うことは、あらゆるところで格差が生じていて、従来ベルリンという街が持ち合わせていた何でもかんでも受け入れる懐の深さのようなものが感じられなくなってきていることだ。Co-workingスペースのカフェがその典型で、ドイツ語で注文しているのに英語で返してきたりと、どこか不自然で逆に田舎臭く感じてしまったりもする。
そこは気取らなくてもいいんじゃないかな。
時代が変わったんだと言われればそれまでなんだが、ベルリンという街に存在していたある種の親密さが希薄になり、どこかよそよそしくなってしまったのが少し悲しい。
Co-working、セクハラ、Schulmobbing(学校でのいじめ)、空調、フリーランス、gucken(「見る」の口語)、暇とただの怠け者、グーグルローカルガイド、ITの活用、自己同一性、おやつにシベリア、はじめしゃちょー、、、
今朝、ジョギングをしてストレッチをした後に、ツイッターを眺めていたら色んなキーワードが目に飛び込んで来た。
世界はキーワードで成り立っている。
ところで、娘に「ママはいつもコンピューターで何してんの?」と聞かれたので、日本語がうまく書けるように作文の練習をしているのだ、と答えた。そして、それはほぼ間違いなく事実である。逆にドイツ語で書く練習をしたければ、ドイツ語でもブログを書けばいいのだろうけれど、添削を頼まなくてはならないので今のところ、まだドイツ語では何も書いていない。気にしないでどんどん書いてみるのもいいかもしれない。
特にこれ、といったテーマも決めず、今日みたいに暑さでボーッとした頭のまま、何となく取り留めのないことを書いたりするのも悪くない。書き溜めていくうちに、自分の好きなテーマが形になっていたりもするので、自分のブログのホームページの写真をたまに眺めたりもする。だから、今日の写真は今朝見たさくら、にしておこう。
来週はまた涼しくなるようなので、今週末はみなさぞかし焦って戸外に出て来るんだろうな。
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Nur eine Zeile vor dem Schlaf / 寝る前に何か一言

3月末から、どちらかというと嫌いなジョギングをイヤイヤ始めたのだが、今朝も罰ゲームのようなノルマを終えて汗だくになりながら家へ帰ろうとしたら、公園を出てすぐのところで前から来る人に声を掛けられた。
道でも聞かれるのかな、と思って立ち止まると「英語?フランス語?」と聞いてくるではないか。場所柄とはいえ、ドイツ語以外の言語がデフォルトになりつつあるなぁ、と半ば呆れながら「ドイツ語。」と答えるとやや意外そうな顔をされた。
こちらはまだ走り終えたばかりで息が乱れているというのに、向こうはドイツ語で畳み掛けるようにこんな風に言っていた(ような気がする)↓
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こっちが汗だくだというのに朝っぱらから優雅なことである。
ただ、青いジャケットをオシャレに着こなしていたのである意味、説得力がないでもなかった。彼が持っていたメモ用紙の束は恐らく自分で書いた詩か何かなのだろう。50セント持っていたらもらえたのにな、と少し残念に思わないでもなかった。
自作の詩が50セント。どこか物悲しい。
空の青さ、ではないがそんな彼の言葉で、いつも走っている公園の底に投げ込まれて沈んでいた自転車の写真を思い出したのでこの出来事と一緒にツイートしておいた。
今日の一言は恐らくこうだ。
青いジャケットと空。自転車の沈むアオイ池。
真夏のような暑さなのに、なぜか今年は公園のいつもの桜の開花が遅い。今週末には満開になるだろうか。夏日に桜、というのもどこかちぐはぐな取り合わせである。
空が青すぎてどこか情緒がない。
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nextbike and Co. / シェアリングバイク競合

相変わらず春がやって来ないベルリン。曇天の中、ハーケッシャーマルクト方面へ散歩がてら出掛けて来た。
道中に自転車が一般の自転車に混じってゴロゴロと駐輪してあるのに出くわす。本場ドイツのLIDL / DBnextbikeがお馴染みだが、最近また新たに参入してきたシェアリングバイクらしきものもちらほらと見かける。

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DBのCall a Bikeと提携しているLIDL-BIKE

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サイクルポートを持つnextbike

ネットで調べてもベルリンのシェアバイクを網羅したサイトがヒットしなかったので、近くを実際に歩いてみて新たに参入していると思われるバイクを写真に撮ってみた。
例えばこちら。Donkey Republicはコペンハーゲン発のシェアバイク。ベルリン参入は2017年の春らしいが、これまで余り見かけなかったように思う。

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コペンハーゲン発のDnkey Republic

カラーもオレンジでよく似ているものとしてはこちら。シンガポール発のoBikeだ。このoBikeはミュンヘンではいきなり7000台と急な参入を図ったことで、ちょっとした問題になっているようだ。サイクルポートを持たないため、乗り捨てられた自転車が街の景観を損ない、それを住民が快く思わないためか自転車が故意に壊されたり池などに放り込まれたりしているのだとか。ベルリンには2017年11月に688台からスタート。
参入する国や街に配慮したプロモーション方法をもう少し丁寧に考えるべきなんだろう。住民が一度悪いイメージを持ってしまうと、生活の一部としてシェアバイクを使用するユーザーを増やすことはかなり難しくなるはずだ。

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シンガポール発のoBike

そう言えば、こんな自転車も近くの公園の池で見かけた。2017年11月からベルリンでのシェアを開始した中国発のMobikeらしい。
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これら3つの新参バイク。カラースキームもオレンジ系で類似しており、正直あまり区別が付かない。北京発のMobikeは氷の張った池の上にわざわざ駐輪されていたが、これは明らかに嫌がらせか何かだろう。Mobikeは2017年11月にベルリンにひとまず700台で参入している。
これらのシェアバイクシステム、ベルリン市内を走るのであれば自分の自転車がすでにあるので余り使用する機会もなさそうだが、もし仮にどれかを選ぶとするならライプチヒ発のnextbikeかな、と思っている。nextbikeはベルリン市から補助金も出ている。ドイツ国内で50箇所、世界25カ国で展開中。
特徴としては、日本にも2017年12月に上陸した音楽ストリーミングサービス「Deezer HiFi」(ディーザー ハイファイ)と提携しており、Deezerの月額9,90EURのプレミアムplusアカウントを持っていればnextbikeの使用が毎回30分までなら無料になるという魅力的なサービスだ。
Deezerは、2007年にフランス パリで創立され、すでに世界80ヶ国以上と最も多くの国で展開されている音楽ストリーミングサービスで、”高品質”が売り4.1kHz/16bitなどのCD音質をそのままストリーミング配信しているのでロスレスで楽しむことができるのだそう。

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ベルリン発のBYKE Mobility

ベルリン発のスタートアップ、BYKE Mobilityのことを忘れていたが、このバイクはスカイブルーとイエローで他のバイクとは違い遠くからでもすぐに分かるカラースキームが採用されている。料金も30分50セントと他社の半額である。
ところで、シェアリングバイクのシステムをいち早く導入した欧州内の街は2007年のパリなんだそうだ。狭くて自転車に乗りやすいイメージがないので意外だった。
シェアリングバイク各社とも無料キャンペーンなどで、実際に試乗できる機会を設ければベルリン市民のユーザーも増えるのではないか、と思うのだがいかがだろう。それぐらい思い切ったキャンペーンでも打ち出さない限り、なかなか競合に勝てないような気がする。
追記になるが、今日(2018/4/12)に近所の公園の側に駐輪されている二台の新参バイクらしきものを発見。アメリカ、シリコンバレー発のLimeBikeらしい。HPでは欧州のステーションがフランクフルトとチューリッヒの二箇所のみに限られているので、もしかするとベルリンでテスト期間でも行っている最中なのかもしれない。カラースキームは春らしいライムとイエローでよく目立つ。
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こんな風に各国からシェアリングバイクがどんどん入って来ることにより、街の景観が崩れないのか、歩道脇に所狭しと駐輪されるバイクが歩行の妨げにならないのかどうか気になるところだ。ベルリン市内では既におよそ1万台ほどのシェアバイクが利用できるということだが、北京発のofoもMobikeも新たに1万台で市場参入を希望しているそうなので、ベルリンが乗り捨てられた自転車だらけになる日もそう遠くはなさそうだ。
環境に優しいのはいいが、果たして長期的に見てうまく機能するのだろうか?
参考記事:Leihräder US-Start-Up drängt mit E-Bikes in Berliner Markt – Quelle: https://www.berliner-zeitung.de/29780808 ©2018
またまた追記(2018/06/01)になるが、シェアリングバイクの台数が増えるに伴い、日々乗り捨てられるシェアバイクが目に余るようになってきた。写真はたまたまofoのバイクだが、基本的にサイクルポートを持たないシェアバイクはミッテのあちらこちらで道を塞いでいる。子供もシェアバイクを目にするたびに「ママ、またあの自転車やで!あそこにも、あそこにも。」と言い出す始末。

この状態を放置していると酷いことになるな、という懸念があったが、とうとうミッテ地区の区長シュテファン・フォン・デッセル(緑の党所属)が対策に乗り出した。「我々はシェアバイク1台ごとに特別使用料を課したいのです。」将来的にはバイク1台ごとに3ユーロから10ユーロの範囲で料金を課す意向だ。
ただし、サイクルポートを持つNextbikeなどはこれに当たらず、逆に有利に働く仕組みになっている。ポズナンでも実際に使ってみて感じたことだが、やはりサイクルポートを持つシェアバイクの方が街の景観や利用者の秩序を保つ、という意味では非常にスムーズなシステムであると感じた。
ベルリン市内でも特にシェアバイクの多く集結するミッテ地区が料金を課す決定を下したことは、ベルリンの他の地区にとっても非常に重要なシグナルとなる。フリードリヒスハイン・クロイツベルク地区では自転車道をブロックしているシェアバイクを治安局(Ordnungsamt)に撤去させたばかりだった。
ベルリンのシェアバイク競合、今後どのような展開を見せるだろうか。