誕生日と外出制限 〜Geburtstag und Ausgangsbeschränkung〜

今年はなんだか初っ端から色々と大変なんだが、3月に入ってコロナ感染者数の増加傾向に拍車が掛かり、とうとうドイツでも今月17日から学校が休校になった。そしてその翌週には外出制限が敷かれたのである。

今となっては、2月にベルリン映画祭にいそいそと出掛けていたのが遥か昔のことのようにさえ思える。全部で3本ほど観に足を運んだが、自主的に行かない、という選択もできたはずだ。

それにしても考えてみれば日常が非日常になってから、まだたったの2週間ほどしか経っていない。

この2週間でこれまでの自分の生活で何が変わったのか、改めて考えてみた。

1文化享受の制限

当初、3月には観に行きたいものが重なったこともありシアターへ2回、バレエ公演やコンサートへそれぞれ1回ずつ行く予定が入っていた。これら公演の予定が軒並みキャンセルに。主催者側の判断はタイミング的にも正しかったように思う。

ベルリンに来た大きな理由のひとつが質の高い芸術や文化を自由に享受できる、という街の持つ懐の深さにあるので、ベルリン市や連邦の文化芸術セクターの救済措置に期待したい。

2カフェやレストラン

ドイツはレストランでの外食が値段の割には大して美味しくもないので、週に行っても1度くらいだった。外出制限により、テイクアウトや宅配のみが可能になったがこれに関しては正直余り不便には感じていない。

それに比べ、カフェの利用率はかなり高かった。
気の置けない友人との歓談やひとりで作業しながらカフェで過ごす時間がなくなったことは残念だが、2週間でそれにも驚くほど慣れてしまった。

日常の喧騒から離れてゆっくり過ごす、という時間が貴重だったのであって、移動が制限されることによって普段のバタバタ感が減れば、それはそれで何とかなるのだな、と思ったり。

家でゆっくり美味しいコーヒーが飲めればそれでいいのである。

遠隔でのコミュニケーションは好きではないのだが、そうも言っていられないのでZoomなどを駆使して自宅カフェで友人たちと話すよりほかはない。

3子供とのアクティビティ

例年ならイースター休暇を利用してチェコのボヘミアン・スイスに山歩きに行ったりやポーランドのバルト海などに小旅行に行くことが多かったが今年はそれも叶わず。東欧諸国にもふらっと行けなくなってしまった。

ベルリン市内の動物園や植物園、公園でピクニックなどもできなければ、ブランデンブルク州にドライブにも行けない。

クラスメートの誕生日会なども全てキャンセルに。

その上、公園遊びなども自由にできないとなると、元気盛りの子供たちふたりにとっては大変なことだ。サッカーや水泳など定期的にあったスポーツクラブでのトレーニングもなくなってしまった。家でワーワー騒がれるのにも限界がある。

小学校が休校になっているので毎日の課題を一緒にやるというのもかなり大変なことである。

4買い物

そこまで買い物好きでもないので、こちらもあまり不便は感じないが、店内の人数制限などでいつもより買い物に時間が掛かったり、トイレットペーパーなどの消耗品が欲しい時になかったり、というのにはさすがに少しだけ不便さを感じている。

それでも今のところ、そこまで困っているわけではない。普段からコンビニなどがその辺に普通にあるわけでもないし、一箇所で全ての用事が終わる、といったこともないからだろう。

5仕事

撮影やアテンドといった職業柄、今回のパンデミックや外出制限による影響は避けられない。予定されていた撮影の話もなくなるだろう。

フリーランス救済措置なども取られているので、それらで一時的に凌ぎつつ、仕事のやり方についても再考する必要があるだろう。

非常時だが、ある意味、これまでのやり方を一新できる良い機会だと捉えることにしようと思う。

ここまで書いて気付いたのは、所詮は成人一人の外出制限など特に大変なことではない、ということだ。現在の状況を理解し、ある程度自分が我慢できる大人であれば気分転換さえうまくできれば数ヶ月外出制限が解かれずとも何とかなるように思う。

一方、子供たちはそうはいかない。もちろん大人がきちんと説明すればある程度の理解はできるだろう。しかし、頭で何となく理解するのと、実際に行動できるかどうかというのは別問題である。

ましてや小学校の低学年くらいまでの子供にとって、好きな時に戸外にも出れず友達とふざけることもできない生活を強いられるのは大変なことであるように思う。こういう時に学校のありがたさが分かるというものだ。

こんな風に普段はごくごく普通で特別ではない事物が非常時にはとても意味のあるものだと気付くことができる。

自分の日頃の生活を振り返ってみるよい機会だと捉えることもできるだろう。それは仕事のやり方だったり、友人たちとの付き合い方であるかもしれない。自分のライフスタイルや住む場所について考える人もいるだろう。

こんな生活がいつまでも続くとも思えないが、仕事も普段よりは減って自分のために使える時間が増えるのであれば、立ち止まって考える機会が与えられた、という風にポジティブに考えるのも悪くない。

というようなことを自分の誕生日に思ったりもした。

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