Дом Коммуна / ロシア構成主義「コミューンの家」

ベルリンとモスクワを往復していた90年代後半にモスクワで撮影したと思われる廃墟の写真。建築専門の友人に場所を教えられてメトロに乗り、わざわざ写真を撮りに行ったのは覚えているが、なぜか数枚しか写真が出て来なかった。
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修復もされず打ち捨てられていた建物だが、どこかオーラのある佇まいに感心したのを覚えている。
この建物の詳細が知りたくなり、FBで繋がっているモスクワの友人に尋ねた。「この写真の建物、誰によるものでどこにあったっけ?」と。
すぐに二人が回答をくれた。Дом-коммуна на улице Орджоникидзе, арх. Николаев.
そこに並ぶ文字を見て、記憶が蘇ってくるのが分かった。そうだ、ニコラエフによる「コミューンの家」(学生寮)だったと。モスクワ南西部に位置するドンスキー区(Донской район)のオルドジョニキゼ通り(Орджоникидзе улица)にある一連の建物である。最寄り駅はレニンスキー・プロスペクト(Ленинский проспект)。
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この実験的なコンセプトによる「コミューンの家」は1929年から1930年の間にイヴァン・ニコラエフによるロシア構成主義建築を代表する重要な建造物だと言えるだろう。
1917年のロシア革命によって帝政ロシアが崩壊、1922年に世界初の社会主義国家が誕生する。その激動する時代に、芸術家たちは政治と結びつき多くのプロパガンダ・アートを創りだす。ロシア・アヴァンギャルドと呼ばれる総合的な芸術運動だ。このロシア・アヴァンギャルド(構成主義)は、最終的にスターリンに弾圧され、終焉を向かえることになるのだが、多くの芸術家達が海外にその種子をばら撒くことに繋がる。
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構成主義の機能も合理主義の形式も、集団を前提としたものと考えなければならない。ニコラエフによる「コミューンの家」は、個人的フライパシーを排除する方向で非常にラディカルなスタイルを視覚化したものだ。
これらの写真を撮影した当時のモスクワもベルリンと同じように、過渡期の混沌がここそこに見られ、このような建築上とても貴重だと思われる建造物が修復もされず放置されている状態だった。写真を撮りながら、この建物の行方が心配になったものだ。
保存状態が知りたくて検索したところ、モダンな姿に修復された写真をThe Villageの「どこに住んでいるの?」というシリーズのインタビュー記事にて見つけたので紹介しておこう。現在はモスクワ鉄鋼合金製造大学«МИСиС»の学生及び大学院生の寮として利用されている。

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Фотографии
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Фотографии
Екатерина закливенец
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Фотографии
Екатерина закливенец

そろそろ、モスクワを実際に再訪するタイミングが来ているのかもしれない。
参照記事:

こちらの書籍も読んでみたいと思っている。

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